南アフリカ
南アフリカ共和国(5)・・クルーガー・ナショナルパーク
Jun 1998
 7日目
・・・寒い。この寒さは昨夜の比ではない。我慢出来る寒さと出来ない寒さがある。夜露が出てきて、寒さを一層増し始めてきた。深夜、車へ移動。車の方が少しでも良いだろう。
サタラ・キャンプ朝、昨夜のディナーセットの残りを食べながら制服姿の女子学生(ルーズソックスは居なかった)を眺めつつ、のんびりと次の目的地はクルーガーナショナルパークへ。この公園の大きさは、ウエールズやイスラエルよりも大きく、日本で例えれば四国とほぼ同じ大きさがあるという。野生動物の多いここは、中に入れるのは屋根付きの車だけ。人は車から出てはいけないそうだ。

公園内に入っても残念ながら、何も動物の姿は皆無。でも、ついさっき頑張った糞のあとが舗装した道路の上にちらほらと・・・。
今夜の宿は、公園内のレタバキャンプにあるキャンプ場。さすが世界有数の観光地、持参テントを張るだけで¥2100も取られてしまった。どこかの安宿に泊まるのに充分な金額だ。

2日続けて寒い思いをしたのに懲りず、またまたテントで寝るのはおバカさんの証明。ビール2缶飲むといままでの疲れが出たのか、夕食もとらずにいつしか就寝。

 8日目
気候が違うのだろうか、公園内のキャンプはあまり寒さを感ぜずに過ごすことが出来た。さわやかに朝のシャワーを浴び、早朝には出発。野生動物を見るのは、早朝か夕暮れが最適だという。
その甲斐があってか、朝から次々と動物を発見。目が慣れてきたせいもあり、昨日とは違い色々な動物を見ることが出来た。
シマウマ
  
道路を悠々と横断する
シマウマの群れ

ゾウ

 
 

望遠レンズがなくても、こんなに近くでキリンが見れる

 
キリン

 

道路脇にゾウが! この後ゾウに
威嚇され、慌てて逃げてしまった
 
ヒョウ

突然、現れたヒョウ!
 その姿を目撃を出来るのは稀だという

昼過ぎ、楽しく過ごした公園を後にした。今日はアフリカ最後の夜。今まで、車中泊とテント生活だったので、最後の夜ぐらいはホテルに泊まりたい。それに、明日のフライトに備え、今日中に空港の少しでも近くまで行きい思いがあった。
途中の道々では、人々の生活はかなり厳しそう。N4ルート(ジンバブエへ向かった縦断道路)でもバラック建ての簡素な住居が多かったが、こっちはもっと簡素だ。壁は崩れ、屋根のかわりにシートをかぶせている住居が目に付いた。
人種差別と貧富の差を前提としたアパルトヘイト政策の後遺症は色濃く残ってるようだ。

ネルスピリットを過ぎミデルバーグへ。ヨハネスブルグに程よい距離のミデルバーグに泊まろうと思ったのだが、あいにくホテルを見つけられず通り越すことにした。
それが間違いだった。走れど走れど街が無い。さっきまでは街や宿がたくさんあったのに、突然何も無くなってしまった。
 

4時になると日が傾き始め、5時では日が落ち始め、6時はもう真っ暗になってしまった。街どころか明かりさえ無い。このまま走ると、世界有数の治安の悪さで有名なヨハネスブルグに着いてしまう。
ただでさえ小心者の私には、自宅で何も知らずに帰りを待つ妻子がいる。ヨハネスブルグで何か起こるよりも、何か起こって女房に今回の旅行がバレるのが怖い..。

あせりながら運転していると、ふと明かりが目についた。いつしか車はヨハネス郊外のベノーニまで差し掛かっていた。すぐ近くに、ビジネスホテルのフォーミュラ1ホテルが明るくそびえているのを発見。料金はR134(約¥4000)とまずまずなのだが、現金が足りない。$は意外にも受け付けてくれない。グァテマラでの悪夢がよみがえって来た。値引きしようにも、チェーン店の為とても無理のようだ...。カードがあった!。今回の旅行は女房公認(アフリカは除外)の為、カードを自由に使えることに初めて気がついた。
アフリカ最後の夜にホテルに泊まることが出来て、幸せ一杯。ホテルの室内は思ったよりも広く、清潔で快適だ。おまけにテレビまで備付け。
 

深夜、アフリカ最後の夜を満喫するため、近くのバーへと繰り出すことにした。
バーの中は思った通り白人だけ、黒人も東洋人も当然いない。白人客の中で東洋人がただ一人。皆が知らんぷりを決め込みながら、チラチラとこちらを見ているのを確実に感じてしまう。
マンデラ大統領がまだ投獄されていたころだったら、とっくに摘み出されているんだろうか、いやいや名誉白人の名目で、柔らかく差別されながらも居させて貰えるんだろうか。そんな事を考えながら、ビールをお代わりする私でした。
 9日目
快適なホテルに泊まったので、今朝はゆっくりと起床。今日はフライトが午後なので、のんびり空港へ行き、レンタカーを返してプラプラと時間を過ごすだけ。

機内では、隣にお子様が2名。予想通りずっと騒ぎっぱなしなので、席を移動。移った席はちょっとみすぼらしい東洋系のおじさんの隣。同じ東洋人、なぜか一緒にいると安心してしまう。
南アでは、たまたまなのか必然なのか混血を見ることは全くなかった。永らくアパルトヘイト政策を取っていたいたため、黒人と白人は結婚どころか友人関係になることもなかったはず。当然、混血などは存在自体が許されなかったのだろう。

おじさんは英語が全く話せない。それなのにたった1人で乗っていて、なんとなく寂しそう。向こうは中国語こっちは日本語、言葉が通じる訳が無い。それでも生理現象のように押し寄せる好奇心に逆らえず、おじさんとのコミュニケーションに挑戦。で、さりげなく筆談で話し掛ける(?)と意外と通じた。
おじさんは中国人の漁師で、今はケープタウンからの帰りだと言う。同じ漢字の国のせいだろうか、筆談での話(?)が弾む。改めて漢字が近い昔に中国大陸から我が国日本に伝わったことを実感してしまった。
そんなこんなですっかり仲良くなり、おじさんの家族の写真まで見せて貰った。謝謝。  

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