−時折日記− |
2000年7月12日 |
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あらら、1ヶ月ぶりの更新だわ(^^;; そろそろ卒業論文とかなんやかんやで忙しくなってきた。 本来なら学業最優先なんだろうけど、僕は欲張りなのでやりたいことは全部やりたい。大学の授業・論文を大事にするのはもちろん、曲作りや耳コピは生涯の楽しみにしたいし、ORANGEのシナリオやその他諸々もやりたい。ビックリマンのことだって、色々考えたい。ゲームだってやりたいし、それについても色々考えたい。 正直な話、最近は学業を疎かにしているきらいがありましたが…(ヲイ!)でも、やらなくてはならないのだ。うん。 全部こなすのは無理なんだろうか。へなちょこな精神力しか持たないオレに、それを全てやり切る気力があるのだろうか。 多趣味なのが災いしているとは思うけど、これら全てがオレを構成する要素なんだ。ひとつだって捨てられない。 どうにか、バランスを取りながら、これから先へ進んでいきたい。オレがオレであるために。 ……と、自分自身最近どうもふぬけになりつつあるように感じたので、ここらでひとつ決意をしてみました。 さて、この後どうなる事やら………(って、自分の事じゃないか!!(^^;;) |
2000年6月14日 |
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今日は誕生日でした。ついに、ぞろ目を突破して23歳に。 ……といっても、最近は「ひとつ歳を取ったからと言って何かが変わるわけではないし」とちょっぴり冷めてきてしまいました(^_^;; にもかかわらず、それと反対に「このままではいけない、もっと激しくいかないと」と焦る自分もいたり。 たとえてみれば、僕の中で現状容認派と急進改革派がせめぎ合っているわけです。 でも、もちろん今のままでいるのは良くないわけで。 詰まるところ、これからも少しずつ、少しずつ、変わらずに変わっていく事が出来たら…、自分を保ちつつ、より良い方向に自分を持っていくことが出来たならそれがいいのかな、と、漠然と思うのでした。 P.S. 祝ってくれたみんな、サンキュ! これからもMIDIデータ作りに、学業に(2番目か(^^;;)、そしていろいろなことに頑張っていきます! |
2000年5月28日 |
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今日、部屋の掃除をしたら、一冊の本が出てきた。 小学校6年生の時にクラスメイトの女の子が書いた、同人誌というには少し足りないような、毛糸で綴られた手作りのコピー誌だ。 マンガと小説という構成で、全40ページ。小学生にしてはかなりの量だと思う。 当時、彼女はマンガが上手いことで有名で、確か卒業記念に作ったものをクラスの希望者に配ったように記憶している。 もう、これをもらってから10年になる。その存在すら忘れていたくらいだ。 昔を思い出しながら、全部を読み返してみる。 ストーリーは、さすがに小学生…、といった感じだが、やはり絵に関しては「これが小6の絵か?」と思うほどだ。 ふと気付くと、表紙裏にメッセージがある。ここだけボールペンで直に書かれている。 そこには、「この本、胸張ってすすめられないけど、一生懸命は胸張れる(^^;;」という一節があった。 心に、ガツンと響いた。……果たして、今の俺は「一生懸命は胸張れる」というものが、あるだろうか…?いろんな事を手がけてはいるが、どれかひとつ、くらいは「一生懸命は胸張れるよ」と、言い切れるものがあるだろうか…? それを考えると、何となく小学生の彼女に見透かされているようで、全く恥ずかしい。 MIDIも、大学も、「出来る範囲で」と言いながら、結局現状に満足し、進歩しようとしていない。「変わるのが恐い」と思いつつ、結局のところ安定不変の幻想にすがりかりそめの安らぎを得ているに過ぎないのかも知れない。 「もう少し、頑張らなきゃ。」 そう、自分に言い聞かせることにした。 P.S. 城河篠さま。今でもこのペンネームでしょうか? 当時「ホーキングを越える!」などとバカな事を言っていた僕は、どこをどう間違ったかマンガ・ゲーム好きのオタッキー(ヲイ!)MIDIデータ作者になりました(^^;; そちらは、夢だった漫画家さんになられているでしょうか? あなたの10年前の言葉が、今頃こんな風に読まれているとは思いもつかないでしょう。 読まれるかどうかわかりませんが、「ありがとう」と、書いておきますね。 |
2000年5月27日 |
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今日、大学の講義の一環で「グループエンカウンティング」というのを体験してきた。 わかりやすく言うと、「みんなと仲良くなるための体験学習」だ。 本当のところは教師になったときにいかに生徒達同志の関係を築いていくか、というところがこれの目的なんだろうが、とりあえずのテーマは僕ら大学生が仲良くなるため、というものだった。 しかし、これが受けてみて意外と面白かった。 もともと、僕は初対面の人と話すのが苦手で(女性ならなおさら)、今日大学に行く前はとてもイヤだった。 だが、行ってみての感想は、さっきも書いたが「面白かった」に尽きる。 どうしても、初対面の人にはバリアを張ってしまったり、「変なヤツと思われたくない」という心の負のベクトルが働いて、上手いことコミュニケーションが取れない。 だが、今でも不思議なんだが、今日の体験学習では会って数時間の人に、今まであまり話さなかったこと(ビックリマン集めてるとか、そうそう話せないよね(^^;;)を自分から話しているのだ。 これには、自分が普段いかにバリアを張って生きているかに気付かされた。 あの場だから言えた。確かにそれもあるだろう。しかし、今回の体験で、人とつきあうには何が大事なのかということに、ほんの少しだけ気付いたような気がする。 |
2000年5月23日 |
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おとといの日曜まで行われていた大相撲夏場所で、我が岩手県山形村出身で今場所新入幕の栃乃花関が、12勝3敗の好成績で敢闘賞と殊勲賞を受賞した。 実は僕が子供の頃から、「岩手県からは強い関取は出さないんだよ」という話を聞かされてきた。本当の事かどうかはわからないが、何でもそういう事を言ってしまった人がいたらしい。 事実、僕が物心付いてから、岩手県出身力士で幕内に上がった力士はいなかった。 十両や幕下までなら、岩手富士や欠端、福乃里といった力士がいたが、いずれも前頭まで上がることなく土俵を去っている。 岩手出身の幕内力士は、僕が産まれる前に活躍していた「前田川」という力士が最後。 だから、相撲の中継はよく見ていたものの、ニュースなどで放送される「郷土力士の成績」なんかでは、ちょっと寂しい思いをしてきた。 そんなところに、栃乃花である。 先場所十両優勝し、今場所新入幕。初めて幕内で「岩手県出身〜」のアナウンスが聞けるのには少々感動した。 正直な話、場所前は「勝ち越しさえしてくれれば」という気持ちだった。 ところがどっこい、ふたを開けてみれば最後まで優勝争いに絡む(まぁ、上位陣との対戦があまりなかったのは確かだが)大活躍。しかも2大関を破り、敢闘賞と殊勲賞も受賞するという破竹の活躍(だと思ってしまうんだ(^^;; これが)。 ローカルニュースでも連日栃乃花の活躍を放送していた。 子供の頃から聞かされていた「強い関取は出ない」という言葉もあって、連日の活躍がとても嬉しかった。 来場所は、前頭の上位に番付けされるようだ。上位陣との顔合わせも確実にある。 出来ればもっと上位に、と願いたいところだが、個人的には、出来るだけ長く土俵に上がり、記憶に残る力士でいて欲しいと思う。例えば寺尾みたいにね。 |
2000年5月2日 |
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4月29日から5月1日にかけて、2連続徹夜で岩石の化学分析試料を作成。 …日記にはまだ書いていませんでしたが、僕は大学で岩石学を専攻していまして、それの研究のための試料作り、と言うところです。 徹夜しているうちはそれほど苦には感じなかったものの、一晩寝て、起きてからだるさがこみ上げてきました。 くぅぅ、これは結構…、つらいぜ。 んでも、頑張らねば!! 卒業のため!! |