成瀬ダムの「地質・地盤」問題を専門家に聞く(後編)

--- 秋田大学工学資源学部助教授・福留高明さんにインタビュー ---

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建設省の「技術レポート」に関してどのような印象をもたれましたか?

 前回にも触れましたが,地質調査の内容としては概査程度のものにすぎません.もっともこれが一般的な状況なのですが,適否だけでなく現実味のある概算をおこなうことも必要ですから,もう少しきちんとした調査が望まれます.
 十数本のボーリングが打たれていますが,これは破砕帯の探査を目的としたというより,地表踏査から推定された層序(地層の重なりの順序)を確認するためのものだったと思われます.地質構造を知る上で,また破砕帯の位置を見当づけるためにも,まずはきちんとした層序の確立が不可欠です.しかしこの目的のためには,ボーリング調査よりもむしろ「皮剥ぎ」(表土を剥いで岩盤を露出させる)による地表調査の方が有効です.ただし,この方法は植生や景観にダメージを与えてしまうという欠点がありますので,必ずしも賛成できません.

■レポートの図4−4に広域地質図がでています.ダムサイトまで北から2本大きな実在断層が来ており,そのすぐ上流には東西方向の断層も見れます.ダム湖になる部分には,この上に「三途川層・虎毛山層」とよばれる礫岩,砂岩,凝灰質シルト岩の層が覆い被さっているように見えます.この層の下がどんなふうになっているのか,といった調査が必要なのではないでしょうか?

 おっしゃるとおりです.ダム湖付近で問題になるのは地すべりです.もともと地すべり・崩壊地となっている場合に加えて,人為的な地形改変による新たに地すべりが発生する場合があります.いずれの場合においても,もし地質構造が「流れ盤」(前回参照)をなしていると,大規模な地すべりが発生しやすくなります.本地域の場合に即していうと,ダム湖予定地付近の最上部層である三途川層・虎毛山層の地層面が谷側へ傾斜していないかということと,さらには,これらの地層の下位にくる地層との境界面の深度・性質・傾斜がどうなっているかということです.“境界面の性質”といいましたが,報告書の地質図から判断する限り,この境界面は「不整合」とよばれる層序の不連続面(地層の堆積に時間的なギャップがある現象)となっていると考えられます.「不整合」面の下位にある古い地層の表面はしばしば風化によって粘土化し,弱面(つまり,すべりやすい面)となっていることがあるからです.そうしたことからも,ご指摘のとおり,三途川層・虎毛山層の下位の地層との関係をつかむための調査が必要です.

■レポート図4−7のダム軸地質断面図からわかることはどんなことでしょうか? また今後どのような調査が必要となるでしょうか?

 図4−6もそうですが,地質図を読む時に注意しなければならないのは,どのような生データに基づいて描かれたのかということです.データの量と質によって,結果として描かれる地質図はかなり異なったものになります.事実,本地域を含む成瀬川流域について発表されている既存の3つの地質図を見ても,文字どおり三者三様の結果となっています.これは,どれが正解でどれが間違いといったものではなく,いずれもが“未完成図”なのです.地質構造が複雑なところほどそういった傾向が強くあらわれます.これから“完成図”に近づけるために,データの量と質を向上させるべくさまざまな調査をおこなうわけです.
 ですから,図4−7については,具体的な生データ・・例えばボーリング試料や柱状図を見てみなければどの程度の“完成度”なのか評価できません.現段階においてこの図から何らかの結論を引き出すことは時機尚早ですが,少なくとも言えることは,「成瀬川断層」主部あるいは副次的な部分がダム予定地付近まで延びてきている公算が大きくなったということです.つまり,これから調査が進めばもっと多くの破砕帯が発見される可能性があります.
 “完成図”に近づけるために,皮剥ぎ調査をはじめ,トレンチ調査・ボーリング調査・横坑調査・弾性波探査・電気探査などあらゆる探査技術を駆使した精査をおこないます.このうち弾性波探査というのは,ダイナマイト等で人工的に地震波を発生させて地震波速度構造を調べる方法ですが,例えば破砕帯があると顕著な低速度帯としてあらわれます.さらには,「透水試験」や「載荷試験」などの,岩盤の物性値を求める現場実験もおこなわれます.とりわけ「透水試験」は破砕帯などからの漏水の大きさを評価するためにはとても大切な実験です.
 これらの結果を整理し総合的にまとめてはじめて,やっと“地質図らしい”地質図ができあがるのです.

■レポート図4−6のダムサイト周辺地質平面図では,周辺の地すべり地形が紹介されておりますが,この程度の地すべり状況というのはよくあるケースなのでしょうか? 地すべり防止の対策というのはどのような工事になるのでしょうか?

 地すべり地形の判定は,当否だけでなく規模や活動度の評価が重要です.小規模かつ活動を休止した地すべり(崩壊地)は山地ならばどこにでも存在するわけで・・いい山菜はたいていそのような場所にありますが・・,図4−6図4-10に示された地すべり地はそのような部類に属するものと思われます.下流域の大規模な地すべり地帯(「谷地地すべり」)とは明らかに区別されます.しかしながら,そのような“死んだふりをした”地すべり地がダム工事にともなう地形の人工改変によって“息をふきかえす”恐れがあるのです.前にもお話しましたように,地盤構造が「流れ盤」であるところにダム湖への湛水が始まると,地すべりが再動する可能性が高まります.
 もし,図4−7の断面図が正しいとすれば,左岸側は谷側に傾斜した「流れ盤」構造になっていますので,今後の調査や地すべり対策のポイントとなります.地すべり対策工としては,報告書にあるような押え盛土工のようなごく簡単なものから,杭工・シャフト工・アンカー工・ロックボルト工とよばれている,鋼管や鋼棒などを岩盤に打ち込む大がかりな工法が工夫されています.それなりの効果はありますが,やはり懐具合との相談です.

■そのほかお気づきのことなどありましたらお教え下さい.

 地すべりに関してひとことつけ加えておきますと,かりにダム工事が始まった場合の話ですが,工事中に地すべりが発生してもそれが人災に及ぶ規模のものでなければ,秘かにあるいはうやむやのうちに処理されてしまうことがあるということです.万全に処置がなされればまだ問題はないのですが,ダム完成後に至ってもその履歴事実が隠されたままになっていると,事後の対策が充分におこなわれず,いつの日かとんでもない災害を引き起こしてしまう危険性があります.
 そういうことからも,起工後の監視行動の対象を,生態系に限らず工事そのものにも向けていただきたいと思います.もっとも,そのような必要が生じないですむことを祈っていますが….

■「環境・地質等調査専門委員会」の委員長は「最先端の土木技術をもってすれば…」という最先端の土木技術とはどのようなものでしょうか?

 例えば「破砕帯」の問題にしても,最近はいろいろなグラウト工法(止水剤を岩盤内に注入する工法)が開発されていますから,お金を湯水のようにつぎ込みさえすれば何でもやっちゃいます.前編でもお話しましたが,地質調査は工事と並行しても進められます.その段階で新たな「破砕帯」が見つかるということがしばしばあります.すると,当初計上された予算では済まなくなってきますから,何倍にも経費が膨らんでゆくわけです.経費が膨らんだからといって建設を中止するわけにはゆきません.ダム建設事業というのはそういう宿命をもっているのです.
 ですから,「最先端…をもってすれば」という言葉は「カネに糸目をつけなければ」と読み直すべきでしょう.土木技術というのはワザで勝負というより力で勝負といった面がありますから,大抵のことはカネさえあれば強引にやってしまいます.それを認めるか否かは納税者の判断だと思うのです.

■さまざまな危険の可能性のなかで,建設を断念せざるを得ない決定的なものというのは何でしょうか?

 率直に言って,現実には,地質が原因で計画が反故になるケースはまずありえないと考えておくべきでしょう.いま言いましたように,カネさえあればやれるからです.また,活断層や地震の問題は蓋然性の議論になってしまい,決着をつけにくいからです.もし仮に計画断念の事態が起こるとしたら,それは「必要とする根拠を失った」場合のみだと思います.しかし,当局は口がさけてもそんなことを言うことはできません.行政の誤りを自ら暴露することになるからです.ですから,何か別の口実が欲しいわけです.例えば「地質に重大な問題があることが分かったから」とか言うわけです.でも,それは本当の理由ではありません.
 ところで,住民運動の進め方という点からは,やはり「そんなもんは必要でない!」という正攻法でゆくのが本筋だと思います.地質の問題は真の戦力にはなりえません.しかし,もし「必要でない」事態に立ち至った時,当局側に「名誉ある撤退」をしていただくための“理由”を提供するという役割をもつのです.

■いろいろありがとうございました。

文責:ホームページ管理者・奥州光吉

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