■簡易データ
首都 マプート 200万人
面積 80.2万平方キロメートル(日本の約2倍)
人口 1742.3万人(日本の約1/7)
人口密度 22人/平方キロ(95年)(日本の約1/15)
主要都市人口 ベイラ 29.4万人 ナムプラ 23.3万人(93年)
平均気温・年降水量
マプート 26.4度(1月) 18.9度(7月) 798.8ミリ
産業人口率 1次83.8% 2次6.9% 3次7.6%(80年)
国民総生産 14億ドル(日本の約1/3500)
一人当たりの国民総生産 80ドル(95年)(日本の約1/500)
言語 ポルトガル語(公用語)他に部族語
民族 マクアロムウェ族52% ソンガ族24% トンガ族6%
ショナ族6% その他ポルトガル人、インド人混血等
宗教 伝統宗教 カトリック20% イスラム教10%
通貨 メティカル
識字率 40.1%(男57.7%・女23.3%)
エネルギー消費量(石油換算) 33万トン(日本の約1/1300)
一人当りのエネルギー消費量 21キログラム(日本の約1/166)
以上大凡95年統計
■地理と気候
アフリカ大陸南東部に位置し、北方にタンザニア、西方にザンビア、ジンバブエ、南方に南アフリカ共和国等が位置する。
東部沿岸部はモザンビーク海峡があり、対岸にはマダガスカル島がある。
内陸部は高原、沿岸部は平原が占め、熱帯気候に属するが、内陸部の降雨の減少から乾燥化がすすんでいる。
雨季は10月〜5月。
■略史
ヨーロッパ諸国の来訪以前は、一部イスラム商人が来訪する以外は外部との接触は少なく部族社会を形成していた。
15C頃よりモノモタパ王国の一部となり、1498年、バスコ・ダ・ガマが到着。
16C半ばには奴隷貿易を中心とした、ポルトガルの植民地経営が本格化。
1629年、正式にポルトガル領に。
1920年より本格的に黒人解放運動が活発化。
51年には植民地から、本国の一部である海外州に転換。
62年、モンドラーネを議長とした、モザンビーク解放戦線(FLELIMO)が結成され、64年9月より武力闘争開始。
69年にモンドラーネは暗殺されたが、マシェルが後を引き継ぎ、中国、ソ連の指導の下、独立闘争を継続。
74年にポルトガルの政変でファシズム政権が倒れると、新政権との協定によって、75年6月に正式独立、マシェルが初代大統領に就任。
FLELIMOのマルクス主義に対し、南アフリカの援助を受けたモザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)が81年頃から反政府ゲリラ活動を開始。
86年マシェル大統領は飛行機事故で死亡し、シサノ外相が受け継ぐ。
南アフリカの積極的なゲリラ援助で内戦化し、死者は100万人と言われる。
90年11月に複数政党制を導入しマルクス主義を放棄、国名をモザンビーク
人民共和国からモザンビーク共和国に変更。
92年10月、政府とRENAMOは和平協定を正式調印し、内戦終結。
周辺諸国の難民(約170万人)の大部分が送還され、94年10月に初めて
の複数政党制の大統領選挙が行われ、シサノ大統領が再選。
FLELIMOが第一党を確保する。
■主要空港
マプト マプト国際空港(MPM)
■入国
ビザ 必要
写真2枚必要。
AM9〜11時、PM2〜5時に申請受け付け。
パスポート残存有効期間 ビザ申請時4ヶ月以上
日本からの直行便は出ていないため、ヨーロッパ経由が主になる。
■大使館
〒151−0065 東京都渋谷区大山町33−3
03−3485−7621
■日本公館 ジンバブエ大使館が兼轄 |