●風疹の予防接種

 子供や若い成人がかかる風疹(ふうしん)は、俗に「三日はしか」とも呼ばれるウイルス感染症です。熱と発疹を伴いますが、真のはしかと違って軽く経過し、すぐに治ってしまうので、そのように呼ばれるのでしょう。

 発熱は38度以下ぐらいであまり高くならず、熱と同時に発疹が出始めます。発疹はピンク色で5_くらいの大ききの点々です。まず、顔から始まり間もなく胴体や四肢へと広がります。はしかのように、茶色のしみになることもなく、熱とともに3日でさっと消えます。耳の後ろや首のリンパ腺がグリグリ腫れて痛むこともありますが、放っておけばそのうち良くなります。

 合併症は、成人女性に多いといわれる関節炎(関節のあちこち腫れて痛むそうです)、女の子に多いといわれる血小板減少性紫斑病(血液中の血小板が減って出血しやすくなったり血が止まりにくくなったりする。でも数週間で治ります)、脳炎(はしかやインフルエンザの脳炎よりは治りやすい)などです。

 つまり、たいていの子供にとって風疹は何ということのない病気です。ではなぜ子供たちに公費で風疹ワクチンを接種するのでしょう。風疹のワクチンが公費なら、おたふくかぜや水ぼうそうのワクチンだって公費でやってもらいたいもんだ、という気もしますが(これら私費のワクチンは安くないので子育て中の家庭には、なかなか痛い出費です)、実は風疹ワクチンはすでに生まれた子供たちのためにあるのではないのです。これから生まれる子供たちのためにあるのです。 風疹で恐ろしいのは、先天性風疹症候群です。妊娠中のお母さん、特に妊娠20週までの妊婦さんが風疹にかかると、ウイルスは高率に胎盤を通して胎児に感染します。胎児が風疹にかかると「三日はしか」ではありません。

 ウイルスは慢性的持続的に胎児を侵し、奇形と成長障害をもたらします。赤ちゃんは、先天性の白内障、心臓の奇形、生まれつき耳が聞こえない、発育不良、知能の遅れなどを背負わされることになります。

 胎児を風疹から守るには、女性は妊娠可能年齢になる前に風疹ワクチンをすると良いのです。だから中学生の女子にワクチンをする、これを約20年間やってみたのですが、この作戦は失敗でした。風疹の流行はなくならず、先天性風疹症候群の赤ちゃんの出現も、なくすことができなかったのです。

 それで現在は、風疹の流行そのものをなくすしかないと、女の子にも男の子にも幼児期のうちにワクチンを打っていただこうということになりました。

 しかし、残念なことに、風疹ワクチンも接種率は低いのです。流行阻止レベルに及ばぬ現状です。私の子供は男なので、もちろん妊娠することはありませんが、親戚のお嫁さんに風疹をうつして中絶させるようなことがあってはいやだし、将来自分のカミさんに風疹をうつすようなことがあっては大変だから、ワクチンはちゃんと受けさせました。

 私は、しがない町医者なので、先天性風疹症候群の患者さんは、お一人しかみたことがありません。白内障は生後1〜2ヶ月で手術していただき、視力は保たれましたが、耳は聞こえず、心臓病は手術できないものでした。生後も発育は順調ではなく、発達も遅れていました。ふつう赤ちゃんたちは、診察する時皆泣いたり、あばれたりします。しかし、その患者さんは医者を見ても、こちらに微笑みかけてくれるのです。それは、その患者さんの知能が遅れているから何も分からないからではなくて、人を見ると相手のために思わず微笑んでくれる、そういう性格だからのようでした。

 自分が病気で生まれてきたのは、社会が風疹の流行を阻止するのにおざなりだったせいだ、僕の病気はあなたたちのせいだ、そう抗議する権利があるのに、みんなに微笑んでくれるのです。自分が犠牲とされたのに、他人に愛をくれるのか? 私はすごくびっくりしました。

 先天性風疹症候群により、重荷を背負わされる子供をなくしましょう。ワクチンは生後90ヶ月まで公費で受けられます。風疹にかかったような気もするがよくわからない、という方も受けて下さい。風疹の誤診率は高く、診断はあまり信用できません。既にかかった人がワクチンを受けても健康上の問題は生じません。私費になりますが、大人も受けられます。ただし、女性の方は接種後、3ヶ月ほど避妊して下さい。

板倉紀子(水沢市・小児科医師) 胆江日日新聞社より