●はしか(麻疹)はとても悪い病気

 残念なことに、この地域で8年ぶりに「はしか」が流行中です。流行がなければ、とんと見ることのない病気ですから、おばあさんおじいさんはご存知でしょうが、今のお母さんお父さんたちは、はしかの症状って「いったいどんなかしら?」「分からないわ」と戸惑いをおぼえていらっしゃるのではないでしょうか。

 風邪の症状 潜伏期間、つまりうつされてから発病するまでの時間は10〜12日、まず10日とお思いください。始まりの症状は高熱と咳、鼻水、涙目、のどの痛みなど、熱と咳のひどい風邪という感じです。高い熱と咳が必ずありますが、普通の風邪と見分けられない症状です。

 コブリック斑 高熱が出てから約3日後、口の中のほっぺたの粘膜に、コプリック斑と呼ばれるはしか特有の発疹が出現します。口の中は、粘膜が真っ赤に充血しているのですが、そこに細かい白い点々がパラパラと付いているのです。小児科医はこれを見つけて「ああ、この患者さんははしかだったのか!」とショックを受けます。

 なぜショックかというと、この患者さんが、順調に経過してもこれからさらに3〜4日有効な治療薬もないまま、病まなければならないこと、そしてこの患者さんから、待合室でいったい何人の人がはしかをうつされてしまったか、それを考えると頭がクラクラするのです。このころ、患者さんは目も充血してきます。

 皮膚の赤い発疹 そのコプリック斑が出て1〜2日後、やっと皮膚に赤い発疹が出てきます。顔に始まり、あっというまに全身に広がります。発疹はてんてんしたものが急激に広がって融合しあい、ひどいと皮膚の白いところがなくなるほどです。皮膚の発疹がピークに達した翌日、やっと熱が下がりはじめます。ここまでくるのに、どうしても1週間はかかります。発疹は茶色のしみのように変わりながらだんだんに消えていきます。

 はしかは、通常の経過をとっても、肺炎と同じです。入院が必要になることも多いです。はしかのウィルスに有効な治療薬はなく、治療は対照的です。脱水症状に点滴をするとか、細菌の二次感染による合併症を防ぐために抗生物質を投与するなどです。

 昔、はしかは「熱が高くても冷やしてはいけない」といわれていたようですが、それはうそです。私が医者になりたての昔、高熱の子供を毛布と綿入れでがっちりくるんで、うつ熱させて脱水を助長させてしまったのをよくみました。今は、もうだれもそんなことはしないと思うけど、念のため申し添えます。

 はしかで子供は大変体力を消耗します。そして、はしかウィルス自体がリンパ球の免疫能力を低下させる性質をもっており、中耳炎や細菌性肺炎などの合併症をおこしやすくなります。

 細菌感染の合併症なら、ある程度抗生物質が有効ですが、こまるのはウィルス自体による巨細胞性肺炎や麻疹脳炎です。これらには根本治療がありません。千人にひとりの割合でおこるという麻疹脳炎の死亡率は15%です。

 このように、はしかはもともと重症のウィルス感染症であり、恐ろしい合併症が多く、治療薬がないので大変悪い病気です。空気伝染し不顕性感染はまずありません。

 つまり免疫のない人は、うつされれば100%発病してしまいます。そしてにくたらしいことに、世にあるウィルスたちのなかで、最強の伝染力を持っているのです。病院の玄関で一瞬すれちがっただけでうつされると思って下さい。ましてや、病院の待合室などで一緒にいたら絶対逃れられません。一般小児科外来で最も恐れられている感染症なのはそのためです。

 はしかほど予防が大切な病気はありません。はしかのワクチンは大変有効です。天然痘(とう)のようにワクチンで撲滅できるはずの病気です。

 はしかのワクチンは1歳になると公費で受けることができます。しかし、水沢近辺では1歳過ぎてもまだワクチンを受けていないお子さんが40%ぐらいだそうです。

 昔、1歳以下の子供は母体からの免疫があるため、はしかにかからないといわれましたが、今の若いお母さんがたは、はしかの強い免疫を持っていないので、小さい赤ちゃんでもかかってしまいます。

 はしかワクチンの効果は10〜12年で薄れてしまうといわれており、日本以外の先進国では子供が大きくなってから、もう一度ワクチンを接種しています。

 はしかの患者さんと接触してしまったとわかったら、ただちにガンマクロブリンという免疫製剤を注射するか、すぐにワクチンをうつかすると発病を阻止したり発病しても軽くすませることができます。

板倉紀子(水沢市・小児科医師) 胆江日日新聞社より