●伝染病と予防接種

 何千年も昔から、ウイルス・細菌などの病原体によって発病する伝染病(感染症)は、私たち人類にとって健康や生命をおびやかされる最大の心配事でありました。最近になっても、新型インフルエンザ、腸管出血性大腸菌(O−157)の流行、妊婦の風疹、麻疹・百日咳の地域的な流行、エイズや結核の増加の兆しなど様々な伝染病のニュースを耳にします。

 これらの伝染病から身を守る有効な手段として予防接種(ワクチン)があります。ワクチンは病原体の毒性を人工的に弱めたり、一部を精製し毒性をなくしたもので治療薬ではありません。

 ワクチンの歴史は2百年前、人類が最も恐れていた天然痘という伝染病に対し、ジェンナーが天然痘ワクチン(種痘)を生み出したのが始まりです。それ以来、様々な伝染病のワクチンが開発されてきました。

 予防接種とはワクチンを接種することにより、その病気に軽く感染した状態をつくり出すことで、体のなかに抵抗力(免疫)を生み出す方法です。人工的に感染した状態を引き起こすわけですから、健康な体に接種する必要があります。うまく抵抗力がつくと、以後その病気に感染しにくくなり、また感染しても症状が軽くてすみます。

 乳児は生後数ヶ月すると、母親から受けついだ免疫が自然に失われ、自分自身で免疫を作っていかなければなりません。また、外出する機会も増え集団保育なども始まり、伝染病に対して無防備なまま感染の危険にさらされるようになります。したがって、この時期の乳幼児には是非とも予防接種が必要となります。

 平成6年、予防接種法が改正され、BCG、ポリオ、麻疹、三種混合(ジフテリア、百日咳、破傷風)、風疹、日本脳炎の8種類の伝染病に対しては勧奨接種(努力義務接種)と呼ばれ、是非受けるべき予防接種(定期接種)として法律に定められました。

 以前のように、すべての予防接種を義務的に必ず受けなければいけないことは無くなり、予防接種を受けさせるかどうかは、子どもの健康状態を一番よく知っている親が判断することになりました。

 しかし、これらの伝染病は自然にかかると重症になりやすいので、定期接種は努力して受けるように努めて下さい。接種率が低下すると、また流行が起こります。1人1人の感染予防が社会全体の流行防止につながります。受け忘れたり面倒がらないで、予防接種の大切さを理解し納得して接種を受けて下さい。

 実際には、予防接種が可能な月齢が近づくと、市町村から案内と予診票が届きます。子どもが健康なときに医療機関に出向き、一つ一つ順序よく間隔をあけながら接種していくことになります。接種当日、医師の判断で中止となることがあります。医師の判断の助けとなるように子どもの状態をよく知っている方が付き添うことも大切です。

 予防接種を受けたあと、ワクチンの種類によっては発熱、発疹、注射部位の腫れなどの反応がみられることがあります。これらの反応は総称して予防接種の副反応(デメリット)と呼ばれます。極めてまれに、強い副反応としてショックや麻痺(まひ)などの障害を起こすこともあります。

 安全なワクチンの開発が進められていますが、副反応の原因が不明な場合も多く、全く副反応のないワクチンをつくることは現在のところ不可能です。予防接種を受けるときの健康状態も十分に把握し注意深い接種を心掛けてください。

 最近、旅行や転勤など海外に滞在する機会が多くなりました。予防接種の種類や実施方法は各国の事情により異なります。風土病などの伝染病を含めた情報を集め、余裕をもって対応しましょう。渡航直前の予防接種はできるだけ避けるように心掛けましょう。

菊地登志子(江刺市・小児科医) 胆江日日新聞社より