●筋萎縮性側索硬化症

 筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis)は全身性に筋萎縮をきたす疾患でALS、アミトロとも略称されます。全身性の骨格筋萎縮をきたし、脊髄(せきずい)の外側部に硬化病巣があることにより、この病名があります。

 ALSの有病率は人口十万人あたり1.5から7.0人、発生率は十万人あたり1.0から1.5人と報告されています。男女比は2対1と男に多い傾向です。発症年齢は、中年の40〜50歳代以降が多く、大部分の患者の生命予後は2〜5年で、病型により差があります。すべての患者の20%前後は5年以上生存します。まれに10年以上の長期生存例もありますし、個人差が大きいようです。

 ALSの診断基準は世界神経学連合のALS委員会によるALS診断基準を利用することが多いです。介護保険でもこれを参考にし、厚生省特定疾患調査研究班による診断基準もほぼ同様となっています。

 それは@成人発症であるA経過は進行性であるB神経所見で▽球症状 ▽上位ニューロン兆候(錐体路兆候) ▽下位ニューロン兆候(前核細胞兆候)のうち二つ以上みられるC筋電図で高振幅電位、多相性電位がみられるD鑑別診断で他の疾患を否定できる。これらすべてを満たすことで、ALSの確定診断となります。以下、理解しやすいように説明します。

 ALSの臨床症状は下位、上位運動ニューロン障害による骨格筋萎縮と筋力低下です。発症は自然で、いつとはなしに筋力低下に気が付くことが多いです。どこから始まるかは障害の部位により、症例ごとに異なります。典型的な症状は手の筋肉(骨間筋、拇指球筋)に萎縮、及び筋力低下が始まります。小手筋に筋萎縮が著名になるにしたがい、筋萎縮は前腕をも侵します。それが明らかになると上腕にも筋萎縮が見られるようになります。手指は変形し、サル手、ワシ手をていするようになります。

 患者さんの筋肉を注意深く観察すると、細かく速い筋の収縮がみられ、ピクピクしています。これは線維束性れん縮とよばれます。このような筋萎縮を主とする下位運動ニューロン(前角細胞兆候)の障害に加えて、上位運動ニューロン(錐体路)の障害による症状として、痙性まひ、腱反射亢進、病的反射の出現もみられます。

 進行すると呼吸筋もまひし、呼吸不全の状態に至ります。しかし、本症では外眼筋や括約筋は侵されず、眼球運動障害は伴わず、失禁も伴いません。また知覚障害も認められないという特徴があり、褥創(じょくそう)も少ないといわれています。知能低下もありません。残念ながら臨床症状は次第に進展し、ついには寝たきり状態になります。

 治療は対症療法にとどまり、各種ビタミン剤、筋弛暖剤を使用したりマッサージなどの理学療法が試みられるが効果はあまり期待できません。末期は呼吸管理、栄養補給が主な治療法となります。予後は不良で次第に進行し、平均経過年数は約三年で、多くは衰弱、呼吸困難、肺炎などで死亡します。

 病態の進行と共に看護、介護が重要性を増し、まさに在宅医療の力の見せ所になります。家族のみの介護ではとうてい無理であり、患者を支えるチームを作る必要があります。今回の介護保険制度での居宅介護サービスすべてが一人の患者に集約されなければ、不幸にもこの疾患にかかった人を清潔で、苦痛のない生活を送らせることはできないと思います。

 最近はALSに対する認識が高まり、日本ALS協会が発足し、情報交換システムの確立、各地での支部作りが行われています。患者、家族、その関係者、介護にかかわる人々の入会が増えつつあるようです。

 本症の末期は嚥下(えんか)障害、咀嚼(そしゃく)困難、呼吸筋の筋力低下を伴っています。そのために飲食物の誤嚥や気道内分泌物の喀出困難によって窒息、肺炎など重篤な状態に陥りやすく、看護や介護の内容も変わってきます。そして、呼吸筋まひに至ります。このとき人工呼吸器(レスピレーター)を装着するか否かは診断が確定した時点で、患者や家族と何度も相談しておく必要があります。

 最終的には患者本人の意向によると考えられますが、さまざまな問題があり、慎重な判断が必要とされます。この疾患の自験例は2例と少ないが、直前までレスピレーターを拒否していたが、呼吸苦を見かねて、家族の要請でレスピレーターを装着したこともありました。

 悲観的な事のみでなく、介護の充実によってレスピレーター使用しながら存在意義のある長い生命を維持できる日がすぐ近くに来ているように思われます。

冨田 幸雄(水沢市・脳神経外科医師) 胆江日日新聞社より