●一過性脳虚血発作

 脳卒中という言葉は皆さんよくご存じのことと思います。ガンや心臓病とともにわが国の主要な死亡原因の一つとなっています。元気な人が突然倒れ手足が動かなくなったり、しびれたり、話が出来なくなったりと脳神経細胞のまひ(脱落)症状が出現しその原因が脳神経細胞を養っている血管の障害によって引き起こされた時に脳卒中と言います。脳血管の事故によって発症するので脳血管障害とも呼ばれますがどちらも同じ病気です。脳卒中は血管の事故の様子により二つに分けられます。

 ひとつは、血管が詰まって脳に血液が流れなくなり(虚血性病変)脳組織に酸素やブドウ糖などが行かないため脳組織が死んでしまう脳梗塞(こうそく)と血管が破れ(出血性病変)脳内に出血し脳組織が破壊される脳出血や脳表面(くも膜下腔)に出血するくも膜下出血です。

 一過性脳虚血発作は、脳梗塞の前触れ(前駆症状)といわれるものです。突然出現した手足のまひなどの症状が、24時間以内に跡形もなく消失し、元の元気な状態に戻った時に、一過性脳虚血発作と診断されます。多くの場合、まひなどの症状は数分から10数分でなくなるのが普通です。おかしいと思って病院に着いたときには、症状がなくなっていることもあります。このような時には、何をしている時にどんな具合になったか、出来るだけ詳しく話をする事が大事です。そばにだれかいたときは、一緒に付き添ってもらい様子を話してもらうことも必要です。この発作は、脳梗塞と同じ原因で起きると考えられ、脳血管の血液の流れ具合が短時間だけ悪くなりすぐ回復したため症状が消失したものです。

 一過性脳虚血発作を起こした後5年以内に、30%位が脳梗塞になったという報告があります。脳梗塞の前触れと言われるゆえんです。原因を調べるために、脳のCT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴診断装置)、脳血流測定、心電図、心エコー、血液検査などが行われます。症状がなくなっても既に脳梗塞を起こしていないか、脳の血管に動脈硬化などで狭くなったり閉じてしまった所がないか、時には、くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤が隠れていることもあります。また心臓に弁膜症や心筋梗塞、不整脈などがあり、これが原因となることもあります。

 太い脳血管に変化が認められた場合は、状況により手術の対象となることもありますが、脳血管の動脈硬化が原因と考えられる場合は、一般に抗血小板療法が行われます。これは、血液を凝固させる働きのある血小板の働きを弱める薬を使い、脳の血液を流れやすくするものです。このような薬を飲んでいるときは、歯を抜いたりすると血が止まり難くなるので、その前に主治医と相談する必要があります。

 脳の血管が狭くなったり閉じたりしているときは、血圧が下がりすぎたりすると症状が出ることもあり注意が必要です。また、汗をかいたりして身体の水分が足りなくなると、血液が濃くなり血液が流れにくくなるので脱水などにも注意が必要です。

 不整脈(心房細動など)や心筋梗塞後など心臓に血液の塊が出来、これがはがれて脳血管を閉じた可能性がある場合は、血液が凝固しないようにする抗凝固療法が行われます。この場合は、定期的に血液の検査をして薬の量を調節する必要があり、出血の危険性がありますので十分注意して治療を受けなければなりません。適切な治療を受けることにより、脳梗塞に進展するのを極力防ぐことが出来ます。

 一過性脳虚血発作の特殊なかたちとして、黒内障と呼ばれるものがあります。これは突然片側の目が見えなくなり短時間でまた元に戻るものです。片側の視力が急におちた、黒く見えるなどと訴えます。脳の大部分を養う内頚(けい)動脈という血管から網膜を養う眼動脈という血管が分かれますが、それより心臓に近い場所で内頚動脈が狭くなっている時などにこの症状が起きます。症状がもっとひどくなると内頚動脈閉塞(へいそく)症という非常に重篤な脳梗塞になることもあります。このような目の症状にも注意が必要です。

 いずれにせよ症状が短時間に消失したから心配ないと考えず、脳梗塞の前触れかもしれないと言うことを頭にいれ、診察を受けることが大事です。

岩淵貴之(水沢市・神経内科医師) 胆江日日新聞社より