●脳血管モヤモヤ病
大変ユニークな病名ですが正式には「ウイリス動脈輪閉塞(へいそく)症」という原因不明の病気で、厚生省の特定疾患に指定されている難病の一つです。さて、脳へのすべての血液供給は四本の太い血管が担っています。すなわち、主に脳の前の方、大脳を還流する左右の内けい動脈(のどぼとけの左右でドキンドキンと触れます)と主に脳の後の方、小脳や脳幹部(意識や循環、呼吸など生命維持に重要な部位)を還流する左右の椎骨動脈(頚のうしろの骨の中を通過し触ることは出来ない。合流して脳底動脈になります)です。
ちょっと難しくなりますが、モヤモヤ病とはこの四本の血管の内、「左右」の「内けい動脈の末端部」(頭蓋内に入った直後)に「進行性の狭窄(さく)病変」(血管が次第に細くなり詰まってしまう)が認められ、次第に大脳の主幹動脈である中大脳動脈や前大脳動脈にも病変が波及します。
このように病変の部位が必ず「進行的」であることが通常の血管閉塞(へいそく)による脳梗塞(こうそく)とは決定的に異なります。そして病気の進行とともに大脳に血液を供給している主な血管が次第に詰まってしまい、脳は血が足らない慢性の乏血状態に陥ります。大脳は血が欲しくて欲しくて堪りません。そこで、閉塞(へいそく)した血管に換わって側副血行路が発達してきます。
その一つが「モヤモヤ血管」です。これは、前回お話した脳血管撮影をして初めて分かる所見ですが、脳底部の多数の穿通枝と呼ばれる髪の毛のような細い血管群が血液を供給しようと躍起となって、精いっぱい拡張している陰影(異常血管網)が得られます。この所見は、あたかも「タバコの煙がモヤモヤと立ち昇っているような像」に似ているし、また「病気の原因もモヤモヤしているから」と東北大学脳神経外科教授故鈴木二郎先生がこの疾患を「脳血管モヤモヤ病」と命名しました。ネーミングのゴロが抜群に良く、欧米の学者にも受け、今では世界中どこでもこの名前で通用します。やっぱりセンスですね。
さて、最近の東北六県の疫学的調査によりますと本疾患の年間発生率は人口の10万人当たり0.27人です。特徴の一つとして家族内発生が10%弱に見られます。また、人種間では白人に比べて、わが国を始め、中国、韓国など東洋系に圧倒的に多いと言われています。年齢分布も特徴があり、10歳未満(小児モヤモヤ病)と30〜40歳(成人モヤモヤ病)に二つのピークがあります。症状の発現もそれぞれ異なります。
小児モヤモヤ病の発症の特徴は、5、6歳ぐらいの小児がしかられて泣きじゃくっていたり、フーフー息を吹きかけながら熱いラーメンを食べていて、あるいは大笑いした後に(いずれも過換気状態で血液中の二酸化炭素濃度が低下して脳血管が収縮し脳循環量が減少する)持っているはしなどをポトリと落としてしまうなどの「脱力発作」です。この発作が、ある時は右側、ある時は左側と左右に出現しますとこの疾患の可能性がグーンと高まります。さらに「知恵遅れ」、手指がピクン、ピクンと動く「不随意運動」や「けいれん発作」などが特徴です。
一方、成人モヤモヤ病の特徴は、モヤモヤ血管が破綻(はたん)してくも膜下出血、脳内出血や脳室内出血などの「頭蓋内出血」で発症することが多く、ついで脳虚血発作やけいれん発作などです。モヤモヤ病の治療ですが、脳虚血発作発症例の大部分、頭蓋内出血発症例でも脳循環血流量の乏しい症例に対しては、直接的あるいは間接的血管吻合術が行われています。これは脳の外の動脈を直接吻合したり、脳の硬膜(脳を覆っている血管に富んだタフな膜)を切開し、これに血管を付けた側頭筋の一部を縫い付け直接脳の表面に置いてきたりする手術ですが治療効果が確認されており、最近ではわが国の症例の70%強に施行されています。特に小児モヤモヤ病に対しては有効であり、早期発見、早期治療が重要です。
大和田健司(水沢市・脳神経外科医師) 胆江日日新聞社より
所見・吻合(ふんごう) | |
所見とは、診察や検査などによって得られた、患者の状態を示す情報のこと。適切な所見をできるだけ数多く集めてそれを整理、把握することにより、正確な診断をつけることができる。これが出来るかどうかが、医師の腕にかかっている。 吻合とは、手術をして、体内のある部分を他の部分につなぎ合わせること。 |