●治療可能な痴ほう−慢性硬膜下血腫(しゅ)−

 治療により劇的に改善する疾患がもうひとつあります。それは慢性硬膜下血腫なのです。今回はこの病気について詳述します。

 3月11日付の胆江日日新聞5面に硬膜下血腫の記事が掲載されていましたが、この内容には一部誤りがあると思われます。その内容は、急性硬膜下血腫と慢性硬膜下血腫を混同しているものです。この二つの疾患は、血腫(血液の凝り)のできる部位は同じだが、血腫形成機序、治療方法、予後(手術、治療後の患者さんの状態)はまったく違うということです。慢性硬膜下血腫は、正確な診断と治療で、神経症状を残さず治る疾患であり、人間一度は脳の病気にならなければいけないというものなら、この慢性硬膜下血腫になりたいものです。

 原因はほとんどが頭部外傷(頭のキズではなく頭を強打する、転んで頭を強く打ったなど)であり、本人が頭を打った記憶がない程度の軽いものまであります。受傷時は、何ら症状が無いか、軽い脳震盪(のうしんとう)による一時的な意識消失で終わります。受傷後、3週ないし外傷を忘れた3ヶ月ころに頭痛、片まひ、軽い痴ほうなどを認め、あたかも脳卒中(あたった)のような症状を起こしてきます。この病気になりやすい人は酒飲みの男性、脳の萎縮の多い(高齢者ほど精神症状が強い)高齢者などです。

 例年、正月ころ滑って転んで頭部を打った人の中で二月ころに、この血腫のために手術をする人が多くなりますが、今年は二月末に寒気が襲来しましたので、五月初旬までは危険性が残ります。転倒の既往がある人は注意が必要です。もちろんこの時期以外にも、頭部外傷を受けた人は慢性硬膜下血腫に至る可能性はあります。

 なぜこのように外傷を忘れたころに、脳の症状が出て来るのかは、以下のように説明できます。外傷時、橋静脈(脳表の静脈がくも膜下腔を横切って静脈洞に入るところ)が破裂し、硬膜下に小さな血腫を作ります。これが被膜に包まれ、次第に血腫周囲の髄液が被膜を通って血腫内に入り血液は増大します。(出血のくり返し説、他諸説あり)

 ある大きさ(頭蓋内圧亢進症状を示す量)になり、はじめて頭痛、精神症状などをおこします。いったん、症状が出ると後は階段を落ちるように悪化します。この時期が大事なのです。頭を打ったことがあり、しばらくしてから頭痛、少し「ボケ」たようだと自覚したら、必ず「かかりつけ医」に相談して下さい。この時期に診断がはっきりし、手術をすれば翌日には症状は消失し、1〜2週間で退院です。

 診断時期(来院)が遅れ、脳ヘルニア症状、つまり意識障害、瞳孔(どうこう)不同、片麻痺、呼吸障害などを生じてからでは、手術後、神経症状などの回復も遅れ、まれには死亡することもあります。

 手術は局所麻酔下に、頭がい骨に小穿頭(小さな穴)をあけ、血腫を吸引、洗浄します。約1時間で終了します。手術後の経過は良く翌日から食事、歩行も可能です。前述したように1〜2週間で退院となり、診断が遅れなければ簡単な手術で治る病気ということを強調しておきます。

冨田幸雄(水沢市・脳神経外科医師) 胆江日日新聞社より

 

yougo.gif (1658 バイト)

頭蓋内圧亢進症

 脳や脊髄(せきずい)は、頭がい骨や脊椎(せきつい)骨でつくられた硬膜閉鎖腔である頭蓋腔および脊柱管のなかに髄液に浸った状態で存在する。この閉鎖腔は本来、容積が決まっており、頭がい骨の縫合がまだ閉じていない乳幼児の場合を除いて、頭蓋内容の増大によっても硬蓋閉鎖腔、頭蓋が拡大することはない。
 頭蓋の内容を成分としてみると脳実質、髄液、脳血管内血液(血管床)の3成分に区分され、それぞれの比率はおおむね80%、10%、10%である。この構成成分の1つに比率の変化がおきると、ほかの成分比率は連動して代償するように変化し、頭蓋内圧を正常に保つようにはたらく。
 脳腫瘍(しゅよう)や頭蓋内血腫など頭蓋内占拠性病変のために頭蓋内容が髄液などによる代償域をこえて増加すると、頭蓋内圧は亢進し、脳に解剖学的変化がおこる。
 この時の症状を「頭蓋内圧亢進症」という。