●治療可能な痴ほう−正常圧水頭症−
痴ほうは、いったん正常に発達した機能が持続的に低下した状態であり、治せないから危険因子を予防するように強調してきました。しかし、痴ほうないし痴ほう様状態が原疾患の治療により改善する可能性があることも確かです。それらの頻度は少ないが、治療の時機を逸しないように注意する必要があります。
治療可能な痴ほうにおける知的機能低下の特徴は、@発症から来院までの期間が比較的短いA症状の変動が大きいB注意力や意欲、自発性の低下――が主で、記憶障害など痴ほうの中核症状は比較的軽い、などが挙げられます。
治療可能な痴ほうの中で代表的な疾患について述べます。
正常圧水頭症…頭がい骨と脳との間は、外側から順に硬膜・クモ膜・軟膜の三層で構成されています。クモ膜と軟膜との間は、クモ膜下腔と言われ、髄液で満たされています。正常者は脳室で生産された髄液が、脳のクモ膜下腔と脊髄(せきずい)のクモ膜下腔を循環し、その量は成人で約150_gになります。それが一日3〜4回入れ替わります。つまり一日に約500_gがクモ膜顆粒によって吸収されて収支のバランスが保たれているということになります。
正常圧水頭症はクモ膜下腔における髄液の吸収障害に基づき、脳圧亢進を伴わずに脳室の拡大が起こるもので、臨床的に痴ほう状態を示します。(クモ膜下出血の急性期に生じる急性水頭症とは病態が異なる)1965年、Adamsらによって、痴ほう、歩行障害、尿失禁をていし、脳室拡大を認めるにもかかわらず髄液圧は正常で、髄液シャント術を行うことにより症状が軽快するものとして報告されました。
正常圧水頭症は原疾患が明らかでなく発生するものと原疾患による髄液吸収障害によって発生するものとがあり、後者が大多数を占め、代表的疾患は脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血です。正常圧水頭症の症状は、痴ほう・歩行障害・尿失禁が三兆候と言われています。
痴ほう症状では初期は無表情となり、集中力や注意力の低下がみられます。さらに進行すると記憶障害や見当意識障害へと進展します。歩行障害は不安定歩行・失調性歩行・失行性歩行といわれる症状をていします。尿失禁は最後に出現することが多いようです。しかし、必ずしもこれらの三兆候がそろって認められるとは限りません。読者、あるいは家族の中でこれらの症状が現れている人は、必ずかかりつけ医に相談していただきたいものです。
診断は、CTスキャン・MRIなどによって可能であり、その中には脳室−腹腔シャント術により劇的に改善する人も認められるからです。その手術法は、側脳室といって脳内にある髄液生産する部屋に細いチューブを挿入し、その反対側を頭皮下、頚部(けいぶ)、腹部皮下を通し腹腔内に誘導します。そしてそのチューブを通して一定の圧の下に髄液が流れるシステムを作成するものです。
これによって脳室は縮小し、人間の意識・知能・精神活動に重要な機能を持つ前頭葉の働きが出現するのです。このチューブはその後、機能不全に陥らない限りは体内に残しておきます。脳外科手術の中では比較的簡単な手術に属しますが、痴ほうの程度が進行した例ではあまり効果が期待できないこともあります。しかし、治療可能な痴ほうであり、自分または周囲に思いあたる症状のある人は、一度診察を受けることを勧めます。
冨田幸雄(水沢市・脳神経外科医師) 胆江日日新聞社より
脳動脈瘤(りゅう) | |
脳血管の構造は3層になっている。すなわち内膜、中膜、外膜であり、その中膜は筋層である。この中筋(筋層)の欠損している部分に血圧の影響で、長い経過を経て嚢(のう)状にふくらんでくる血管のコブのことである。これがある時破裂すると、クモ膜下出血をきたす。脳動脈瘤、クモ膜下出血については、近日このシリーズで掲載予定である。 |