| 09-30-02 |
月曜日。 弱く、不甲斐なく、情けなく、脆く。それを覆い隠すように、必死に他人の前では強がり、平生を装い、虚勢を張る。そうやって自らは悲しくなっていくのか、虚しくなっていくのか、或いはそれによって強くなれるのか。いずれにしても人間って、そうやって、それを繰り返しながら生きていくんだろうな。 |
| 09-28,29-02 |
土曜日。 ずいぶん前からの予定で、今日はみんなで泊まりに行くことになっていた。行き先は市内種山高原にある施設「星座の森」。ここのコテージに一泊する。午後1時、K姉御と待ち合わせて買い出しに行く。食料やら酒やら何やらを買いあさる。午後2時、熊氏・kenzy氏と合流して現地に向かった。天気はあいにくの雨である。取りあえず現地で合流した店主を含めて先発隊は5名。チェックイン後、荷物を整理したあとで暇になる。天気がよければあたりを散策したかったが、標高約900mの山頂近くのため雨に加えて風も強い。今日出勤の連中を待ちつつ、トランプに興じる。午後7時、みんなは来ないが、取りあえず食事の支度を始めた。そうこうしているうちに続々と人が集まってきた。Aさんがまず登場し、続いてkadue姉御・akiさんが到着した。取りあえず宴会を開始。程なくしてt.k.氏も到着。総勢9名である。夜も更けて午後11時に、明日は7時出勤のt.k.氏が休んだ。その直後から、何げにシリアスな話題に突入する。
日曜日。 時刻は午前2時。外は雨が上がっている。変わりに濃いガスがかかる。コテージ内は重い雰囲気。今に始まったことではないが、なかなかに辛いものだった。午前3時半、お茶が飲みたいというので、付き添いでコテージを出、レストハウスに向かう。その際交わした会話は、数年前の出来事をフラッシュバックさせた。私にとっては辛い過去。その出来事から、私の精神的、心理的なものは激変してしまったのではないかと思われるほどの出来事だった。また、割と新しい過去のことも振りかえらせられた。何故、あのとき店主を許せたのか?という問い。その問いには私は一切の迷いもなく、淡々と話して聞かせた。さらけ出した。しかし、それは彼女にとっては重い言葉だったかもしれない。理解できないことだったのかもしれない。我々以外誰もいないレストハウスで30分ほど話をし、コテージに戻った。その後何度か彼女はコテージからの脱出を企て、まだ起きていた我々は阻止するのに必死だった。午前5時、ようやく彼女を寝かしつけ、一息つく。まもなく、t.k.氏が起床。朝ご飯をとって、出勤していった。午前6時、私はそのときまで寝ていたkenzy氏のベッドを奪い、横になった。だいぶ眠っていたと思っていた。起きたらkadue姉御が出勤するところだった。それを見送る。午前7時、ガスが晴れ、雲が切れ、太陽が出ていた。私は外に出た。牧野の所々にはまだガスがかかっている。それを太陽が照らす。風が強く、すぐ頭上を雲が走っている。そのはるか上の雲はゆっくりと流れている。実にさわやかな光景であった。午前8時半。みんなをたたき起こし、私はみそ汁を炊き始めた。味噌の匂いに、みんなもさくさと集まってくる。で、みんなで朝ご飯。しかし、チェックアウトは10時。ゆっくり茶をすすっている時間はない。大急ぎで片づけ、掃除をし、コテージを後にした。 星座の森を出て、すぐ下にある国道沿いの道の駅でしばしまったりと過ごす。店主のファッションチェックをみんなで辛辣に行う。午前11時半、解散した。実質、睡眠時間1時間だった私は家に帰ってからすぐに布団に潜り込んだ。ちょっと寝るつもりだった。・・・が、起床は午後7時。完全に昼夜逆転状態である。いつも通り風呂に入って飯食って、まったりしているが、果たして今夜眠れるかどうか・・・明日が心配である。 |
| 09-27-02 |
金曜日。 上司が出張で不在だった。今のうちにやりたい仕事を片づけておく。 |
| 09-26-02 |
木曜日。 ようやく仕掛かり業務に手を付け始めた。 |
| 09-25-02 |
水曜日。 会社が終わってからバドミントン。 |
| 09-24-02 |
火曜日。 仕掛かりの業務もそっちのけ。緊急事態が発生すると往々にしてこういうことになる。今週いっぱいはこれに追われることになるだろう。 |
| 09-23-02 |
秋分の日 土日は休んだ気にならかなった。昨日の続きでいろいろと検証やら分析やらをやってみた。 |
| 09-22-02 |
日曜日。 普通通りの時間に出勤。分析やら何やらをやってみた。終わったのは午後2時。私の休日が・・・。ということで、家に帰ってからはいきなり昼寝。結局今日は何もしなかった気がする。 |
| 09-21-02 |
土曜日。 朝からドライブに出かけた。道の駅ツアーである。連れはOitomo氏・店主。今日で岩手県内を制覇する計画である。出発してすぐに高速に乗り、西根へ向かう。連れのバカふたりは、小高い丘の斜面ではしゃいでいた。そこから国道4号線に入って、岩手町にある「石神の丘」へ。今年7月にオープンしたばかりらしく、建物はまだ新しい。レイアウトも斬新である。各所に見受けられるモニュメントらしきものが、この地の町の雰囲気を醸し出している。それから山の方へはいる。葛巻町にある「くずまき高原」。ワインが売りだというのは前々から知っていたが、ドライバーである手前、飲んでいられるはずもない。さらに東へ。山形村の「白樺の村やまがた」。ガタゴンという怪しげな恐竜の卵が建物の上にのっかっていた。ちなみに山形村は、栃乃花関の出身地。町を上げての応援が各所に見られた。さらに東へ向かって久慈市に入り、そこから南下。途中所々に寄り道する。そのとき会社から電話が。製造ラインで何かをやっちゃったらしく、すぐ来てよね・・・とのこと。無理です。現在地岩泉町。いくら頑張っても4時間かかる。ということを言ったら、明日は出勤になった。なんてことだ。と、ひとしきりげんなりしたところで最後の「やまだ」に着く。時刻は午後6時。これで県内の道の駅全25カ所を巡ったことになる。あたりは真っ暗である。釜石市を経由して帰ることにした。家に着いたのは、午後9時頃。明日は急な出勤。早めに休むことにした。 |
| 09-20-02 |
金曜日。 明日が休みだと思うと幾分気が楽だ。 |
| 09-19-02 |
木曜日。 昨日の出張での分析結果などをまとめる。まとめ役はまだ慣れていないらしく、時間がかかってしまっているようである。 |
| 09-18-02 |
水曜日。 午前中、急に盛岡へ出張することになる。午後から盛岡へ。こういうイレギュラーも慣れてきた。なんか嫌だ。 |
| 09-17-02 |
火曜日。 このごろ天気がよくて気分がいい。 |
| 09-16-02 |
月曜日。 仕事を定時で切り上げる。夜は、親父と共に「姫神」のコンサートにおもむいた。会場は、隣水沢市にあるZホール。水沢市、及び近隣の胆沢地域では、今年「阿弖流為(アテルイ)没後1200年」と称して記念行事等が様々行われてきた。今回の姫神コンサートもその一環であり、コンサート自体も阿弖流為をテーマにしたものであった。
ちなみに阿弖流為とは、古代ここ東北地方に存在した「蝦夷(えみし)」と呼ばれる部族のリーダーだった人物である。中央の朝廷側から見れば目の上のたんこぶ。自らの支配欲の邪魔者でしかない。いつしか、蝦夷は鬼と怖れられ、蔑まれるようになっていた。阿弖流為の部族は、朝廷が繰り出す雲霞のような軍勢と対峙して一歩も退かず、陸奥の辺境にあって、ときの天皇をして国家の安危を懸念させるほどの強大な力を有していた。朝廷軍の最後の侵略、征夷大将軍坂上田村麻呂率いる軍勢により制圧され、阿弖流為は最期を遂げたのである。阿弖流為の首だったと伝えられている、「鹿島神宮」にある悪路王の首像は、怒りに燃えた憤怒の形相をしており、まさに鬼に見紛うものだという。しかしこの凄まじい憤怒の形相は、一人、阿弖流為の怒りではなく、陸奥の天地に進行する朝廷の理不尽さに対する怒り、またその大地や蝦夷とその家族を守ろうとする強い意志の現れではなかったのだろうか。ちなみに阿弖流為没後程なくして、安倍氏、そして、いわゆる奥州藤原氏の栄華へと続くものである。
(一部「天空を駆けるアテルイの想い」より抜粋)
姫神は、星吉昭氏率いるユニットで、主にシンセサイザーでの曲作りを手がけている。名の由来は、岩手県北部にある「姫神山」であると思う。その重厚な雰囲気や、音作りで「神」や「自然」をうたうのである。実際、私は姫神のライブは初めてであった。幕が上がると、中央に星吉昭氏と大きな機材。脇にはパーカッションと、「姫神ボイス」と呼ばれるコーラスが配置されていた。曲が始まると同時に私は全身に鳥肌が立った。曲自体は素晴らしく、それに加えて照明効果の素晴らしさも目を見張るものがある。幻想的な照明に幻想的な音。私は全身がぴりぴりと痛み出していた。首から上はまるで体の一部とはかけ離れたように熱く、目には涙である。最後の方で、私の一番好きな曲、「神々の詩」。始まると同時に強い逆光。私の感動も最高潮である。興奮しないわけがなかった。姫神ボイスに手拍子を促されたとき、親父は真っ先に手拍子を始める。ちなみに私の親父は地元の合唱団に所属しており、「神々の詩」も取り上げたことがある。よって、ことこの曲については並々ならぬ思い入れがあるのだろう。私も手拍子を始める。観客も最高潮に盛り上がった瞬間であった。思わず立ち上がってノリたい気分だった。神々の詩の興奮が冷めぬままにライブは終了した。S席3500円は安い買い物であった。 家に帰ってきてからも、大音量で姫神を聴く。親父は「神々の詩」とうるさい。近所があまり近くなくてよかった。久しく感じることの無かった生の興奮。心地良いものである。 |
| 09-15-02 |
敬老の日。 まったり過ごした。以前から車に付けたかった、エンジンスターターを取り付けた。これで冬対策は万全である。 |
| 09-14-02 |
土曜日。 起床は午前11時。今日は、みんなで秋祭りを見物しに行く予定だった。が、夜、遅くなってしまったので、急遽飲み会に変更(またかい)。今日のメンバーは、t.k.氏・K姉御・Kazue姉御である。今日はみんなお疲れモードのようであり、ひたすら眠そうだった。 |
| 09-13-02 |
金曜日。 早出で会議。昨日必死で作った資料は、全く使われませんでした・・・。 仕事が終わってから、いきなりt.k.氏から呼び出し。飲みたいから付き合えとのこと。二つ返事で了承し、飲みに出かけた。 |
| 09-12-02 |
木曜日。 何げにプチ事件が多かった。今日は通常出勤で盛岡出張。昨日とは機械が異なる。別の分析だった。いろいろと打ち合わせていたところ、いきなり雑誌の取材の人が現れた。分析に使用していた機械は、外観がかなり激しいもの。中央のチャンバーに、四方八方から筒やら棒やらが刺さっている感じのもので、背の高さは2mほどある、ESCAという機械である。カメラマンの人は、「素人ウケしそう」と自らも興奮した状態でシャッターを切っていた。私はといえば、担当の職員の方に、機械の前で指導を受けている・・・という役をした。間違いなく、雑誌に掲載されることになるだろうと思う。雑誌の名前は忘れてしまったが、経済系の雑誌らしかった。 昼、食事を取りに外出した際、酒屋から出てきた酒屋のトラックから缶ビールが落ち、そこら中にビールをぶちまけていた。缶が散乱していた。その上を通ったら、ビールくさかった。 午後の分析。分析の結果は、私の思惑通りとなっていた。今日はいろいろなイベントが盛りだくさんで、なかなか楽しかった。 会社に戻って衝撃の事実を知らされる。明日も早出で会議。昨日の会議での宿題は、全く手を付けていなかった。やる暇なかったっちゅ〜ねん。・・・といっても始まらないので、猛烈な勢いでその仕事を片づけた。 仕事が終わってから、会社の人とラーメンを食べに行った。帰宅したのは、午後11時過ぎだった。 |
| 09-11-02 |
水曜日。 早出。朝7時半からの会議のあと、盛岡へ出張に向かった。言ってみると、なんと機会の調子が悪く、うまく操作できなかった。それでもなお悪あがきをしてみる。会社に帰ってきたのは午後7時頃。その後バドミントンに行ってみる。 |
| 09-10-02 |
火曜日。 今日も平凡。明日の出張の準備で夕方は少し忙しかった。 |
| 09-09-02 |
月曜日。 平凡な一日だった |
| 09-08-02 |
日曜日。 起床は珍しく昼。足は筋肉痛。ということで、殆ど家でぐだぐだとして過ごした。 |
| 09-07-02 |
土曜日。 ホーム感謝祭の日である。が、ふたを開けてみれば実際は暇。フリーマーケットの売り子を請け負ってやったが、完璧な情宣不足であった。午後からは、地元のYOSAKOIチームである「華舞斗」さんが演舞を披露することにもなっていたが、結局観客は身内のみであった。いたたまれなかった。しかし、お約束の「よっちゃれ」も予定に入っており、私も参加して踊った。一心不乱に2回踊った。すぐに足が筋肉痛になったが、大満足だった。 夜は打ち上げを行った。ベテランの方々からは、昔懐かしいフォークソングの話や、ダンスの話を聞いた。帰りは午前0時頃。昼間降っていた雨も止み、星空が見えていた。虫の鳴き声も心地よかった。終始、上を見上げながら家に帰った。 |
| 09-06-02 |
金曜日。 仕事は9時に終わった。一目散に勤労青少年ホームへと向かう。みんな準備に大わらわである。私は昨日撮った写真で簡単なポスターを作ってきていた。ホーム自治会長である雅氏の半身の写真に文字を入れただけのものである。終わったら踏み絵にしようという、バンド連代表のABE氏の提案に、一同が賛同した(爆)。 |
| 09-05-02 |
木曜日。 一昨日入れたものは、うまく動いているようだった。少し安心した。 夜には勤労青少年ホームの役員会へと行く。今日こそは行かねばと思い、必死で仕事を終わらせたものである。土曜日にはイベントがある。「ホーム感謝祭」と銘打ったこの企画は、創設30周年を記念して自治会が企画したものである。今日の打ち合わせは当日のスケジュール確認と、準備だけである。私は、その風景を写真に納めてみた。 |
| 09-04-02 |
水曜日。 今日は一日休みを取った。やりたいことがあったためである。 |
| 09-03-02 |
火曜日。 昨日導入したのが(液体)、槽から無くなっていた。発泡が激しく、系外に漏洩してしまったものである。唖然とした。取りあえず応急処置をとり、再度液を入れる。今度はうまくいって欲しいが。 |
| 09-02-02 |
月曜日。 また一週間が始まった。私が主に開発に携わってきたものが、生産ラインに導入された。これで2ライン目である。1ライン目とは構造が少し異なるため、実は何が起こるかわからない。楽しみである。 |
| 09-01-02 |
日曜日。 日記1周年である。まさか、ここまで続くとは思っていなかった。と言うことで、デザインをほんの少しだけ変えてみることにした。 今日は、あっちこっちの店を回ってお買い物の日にした。 |