| 12-31-01 |
大晦日。 起きたのは、午前11時。隣町へ買い物をしに出かけ、そのほかはPC周りの整理だった。周りを見ると、散乱したCDが100枚程もある。大きめのCDボックスと、CDのソフトケース、インクジェット用のタックラベルを買ってきて、それらを整理した。CDについているハードケースはすべて処分。かなりの省スペース化を実現した。 整理は夜までかかり、それから夕食、毎年恒例の紅白歌合戦を観、合間に年賀メールの作成をする。2パターンを作っておこうと思ったのだが、一つを終わって「草稿」に保存すればいいものを謝って「送信ボックス」に保存してしまい、別な通常のメールを送る際に一緒に送信されてしまった。時刻は午後9時15分。冷や汗が出た。一人でぶち切れて、危うくキーボードを壊しそうになった。最後の最後でこんなことをしてしまうとは・・・。厄年である。
この日記も、何気なく始めたものだった。しかし、始めてからと言うもの、様々な事件が起こった。それは、私的なことから仕事のことまで、まさに激動したと思う。まあ、それでも4ヶ月間毎日続けることができたのは、それはよかったことだと思う。かなり私生活を暴露してしまったようにも思うが、今となってはどうでもいいことだ。カフェ・ごった煮店主の日記とリンクさせて読んでいらっしゃる方などはあらかたの内容はわかってしまったかと思う。それは、彼も合意してやっていることである。今更どうのこうの言う気は毛頭ない。 それにしても、ほんとに今年は激しい一年だった。自分のことにしてもそうだが、世界情勢も今や混沌である。今自分が抱えている問題に正面からぶつかり、幸せなことがあればそれを育み、周りの苦しいような状況にも屈することなく、来年も生きていこうと思う。今まで、私を支えてくれたすべての人に感謝したい。
このHPを見てくださっているすべての方々、本当に今年もありがとうございました。これからも、MIDIデータ打ち込みから、HPにおけるコミュニケーションの活性化など、がんばっていきたいと思います。
ではみなさん、よいお年を・・・
Dear Friends ♪Bm♪ |
| 12-30-01 |
日曜日。 今日から年末年始の休みである。 昼間は、今までためにためていた部屋のゴミを一掃。ひたすら大掃除だった。しかし、あまり片づいたような気がしないのは気にしないことにしよう。 夜は、Mieさんと飲み屋に行く予定になっていた。午後7時の待ち合わせに少し遅れて到着。待たせてしまったようである。申し訳ない。二人して熱く語る。彼女は、表には出さないがかなりストレスがたまっているようだった。私も、つい誰にも話してないような身の上話をしてしまう。結局カンバンの12時までずっと話をしていた。 その後、雅氏と合流してカラオケへ。今日はみんな切ない曲ばかりを歌う。私はそんな雰囲気を打破せんが為に、明るい曲を選んで歌った。店主のいないところで彼の今後を祝福しようと、ZABADAKに初挑戦。好きな曲2曲を歌ってみたが、まるでお話にならなかった。修行をして、店主を泣かせるまでにはなりたいと思う。 帰りは、雅氏の好意で彼の車で送っていただいた。帰宅は午前3時。今年も残すところ1日を切った。 |
| 12-29-01 |
土曜日。 今日は仕事納めだ。工場も稼働していなく、静かなものである。仕掛かりの書類の作成と、残務処理で終わる。午後3時からは納会と称し、食堂で工場長のお言葉などをいただき、小一時間ほど同僚たちと雑談した。 終業は午後4時。納会のあまりの缶ビールを2本くすねてみる。帰り際に製造の係長から、打ち上げの誘いがあったが、丁重にお断りし、帰ることにした。今日は祖父の5回目の命日である。 会社を出た後、直接母親の実家がある玉里地区へと向かう。ついてみれば親戚が勢揃い。とりあえず仏壇の前で手を合わせる。その後墓地へ向かおうと思った私に、祖母がしつこく止めに入った。墓地はちょうど藤里地区との境目付近、少し高い山の上にあるのだが、そこへ行く道は日陰が多く、坂道であるため車で行くにも少々危険である。そのため、必至で止められた。 午後5時過ぎ、あたりはもう暗くなってしまったところで帰宅。墓参りができなかったことは私にとっては心残りである。墓地には、明日行こうと思う。 |
| 12-28-01 |
金曜日。 いつもの週ならば、これで1週間が終わる・・・ってな感じで気が楽なのだが、今週は土曜日まで出勤である。と言うことで、どへどへで仕事を行う。珍しくデスクワークをしていた最中、突然の地震に居眠りからさめていたりした。ここ2ヶ月間、メインで見ていた製品だが、このごろめっきりおとなしくなってしまった。当初に比べれば殆ど不良も出ていない。いいことではあるが、不謹慎にも寂しく思ったりもする。ふと思いついて、この製品を手元に保存することにした。もちろん、独断で、違反行為である。製品一つは、縦2.0mm・横1.0mm・厚さ0.1mmのものであるが、同様な形をしているものも一緒に実験用で使うポリエチレン樹脂で固めた。樹脂は淡黄色の透明なので、さながら琥珀の中に閉じこめたような様相である。円筒形の型に樹脂で土台を作り、その上に製品をばらまいて、また樹脂を注ぎ込む。2時間ほどで固まる。これを、研磨して形を整えるのである。それらしく、ブリリアントカットでもしようかと思いはしたものの、私はそんなものは見たことがなかった。しかし、たとえ形を知っていたところでうまく削ることなどできはしないだろう。とは言え、ただの直方体では芸がない。ここは無造作に研磨していくことにした。#150のサンドペーパーである程度の形を決め、#400、#1500と表面を整える。仕上げは、布とアルミナを使って琢磨する。できあがってみれば、光の屈折具合もなかなかよく、形としてもオブジェとしてはそこそこいいできだと思う。仕事で、ここまで一つのことに思い入れたのは初めてのこと。何気に、充実した気分になった。 |
| 12-27-01 |
木曜日。 今日はバドミントン打ち納め。なのにメンバーは少なかった。終わった後、店主・雅氏と共に食事に行く。始まりと、終わりと、二つのギャップに苦悩した。どうか、みんな強く生きてほしいものだ。・・・などと、自分にも言い聞かせてみる。 |
| 12-26-01 |
水曜日。 夜、ウイスキーでも飲みながらまったりしていた。何げに店主のHPをのぞいてみると久々の更新がしてあった。何気ついでに電話してみると、何げにドライブに誘われ、着の身着のまま(寝間着)で市中引き回しにされた。まったりと語り合う。このごろこういう機会が多い。彼はナイーブになることが多いようである。 |
| 12-25-01 |
火曜日。 急に受注が減ったらしく、いきなり工場は暇になった。が、私の仕事は増える一方・・・。どうにかしてくれよ・・・。 仕事が終わって外に出てみると、久々の星空である。1週間ぶり以上ではないだろうか。天体望遠鏡を購入してからと言うもの、狙ったように星空は見えない。こういう夜を何日待ったことか。。。 そういうわけでさっさと帰宅し、部屋で眠っていた望遠鏡をセッティングする。ねらいは木星。ファインダーと主鏡の向きが若干ずれてはいたが、難なく捕捉。約150倍の倍率で木星の縞模様がはっきりと確認できた。これで私も天体望遠鏡デビューである。肉眼ではそれほど気にならなかったが薄く雲がかかっていたようで、倍率を300倍程度まで上げてみても大赤斑を確認することはできなかった。それでも一人で悦に入った。体は冷え切ったが、心は熱い(あづい)。 |
| 12-24-01 |
月曜日。 世間は3連休。そして、就業時間になると、みんな一斉に足早に帰っていった。今日はクリスマスイブ。お子さんや、恋人のいる人たちは一刻も早く退社したかったのであろう。会社内でも、その手の無駄口があっちこっちから聞こえてくる。そういうことで、プライベートではヒマな私は今日も残業していた。年内に仕上げてしまわなければならない製品を急ピッチで生産している。その分不具合も出る。大忙しである。 家に帰ると妹がケーキを焼いて待っていた。夕飯の後、それを食し、クリスマスムード一色のテレビ番組などを眺めながらまったりと過ごした。少なくても、私の周りは平和だった。 |
| 12-23-01 |
日曜日。天皇誕生日。 今日は一日中だらだらと過ごした。 それはそうと、今朝早くに家の庭の雪かきをしようと表へ出た私の親父が、凍ったコンクリートの上で転倒し、背中からコンクリートの角に落ちた。激突だった。その瞬間、息もできず、身動きすらままならなかったらしい。肋骨を2本骨折する重傷を負ってしまった。その時間、私は情けなくもまだ寝ていたのである。最低だ。市内の県立病院へ行き、胸部を固定されて帰ってきた。いつもの休日ならば、パソコンに向かってなにやらやっている親父だが、今日は一日中座椅子を設置したこたつに座り、テレビを見ているだけであった。身動きするだけでも痛みが走るようである。当然だが、いつもの元気はない。「転んで怪我をするなど、人ごとだと思っていた」と言う親父。私にとっても、誰にとってもそれは人ごとではない。いつ何時自分に、そして自分と親しい人に災難が降りかかるかは全くわからない。今は、この一時一時を大切にしたいと思う。 |
| 12-22-01 |
土曜日。冬至。 地元のスキー場のオープンの日だ。そういうことで、t.k.氏、さっちゃんと共に、市営越路スキー場へと足を運んだ。オープン記念でリフト料金が無料だったことはうれしい誤算であった。例によって、昼飯はみんなでビールを飲む。さっちゃんとリフトに乗った際に、彼女が危うくリフトから落ちそうになったのには肝を冷やした。寿命が縮まった。去年スキーを始めたばかりというさっちゃんだったが、私の指導のおかげ(ぉぃ!)で、かなり滑れるようになっていた。まだまだ、斜面を怖がっているようにも見られたが、ここまでくれば後は慣れるだけだろう。私は、やっぱり足ががたがたになった。膝も痛い。二日後の筋肉痛は必至であろう。 |
| 12-21-01 |
金曜日。 今日やる予定だった仕事が急遽中止になったため、午後3時で早退。以前の残業分の相殺である。帰宅してだらだらし、午後7時過ぎに笛の練習へ。今日からまた新曲に取り組む。今度は宮城の民謡だ。旋律がとても心地よい曲である。演奏していて気分がいい。 笛の練習終了後、店主と呑みに行く予定であったが、みんなとのお食事会となった。他愛もない話をしているが、いきなりの話題の転換にとまどうこともあった。つくづくポーカーフェイスの下手なものである。私は。 |
| 12-20-01 |
木曜日。 バドミントンの後、店主と二人でラーメンを食いに行く。まあ、いろいろと話もしたかった。店主の苦悩が、伝わってくる。果たして、私のしたことは正しいのだろうか・・・いたずらに彼を苦しめるだけではないか・・・ |
| 12-19-01 |
水曜日。 目がさめたのは、午前6時。果たして、ちゃんと眠っていたのか、それさえもわからなかった。 雑念を払うべく、仕事に没頭しようとする。が、当然のように捗らない。こういう日に限って、仕事がわんさかと入ってくるのだ。いつに無く疲れた。同僚に悪いと思いつつも、定時で仕事を切り上げ、帰宅した。何もすることが無いと、いろいろ考えてしまうものである。 |
| 12-18-01 |
火曜日。私は、この日を生涯忘れることはないだろうと思う。 先日購入した天体望遠鏡を一目みたいと言う店主の要望に答えるべく、仕事をいつにない勢いでこなしてみる。仕事が終わった後に、彼が私の家に来ることになっていた。 仕事を終わらせたのは午後6時過ぎ。車に飛び乗って、店主に連絡。まずは私は帰宅する。すでに店主は到着していた。まずは、腹ごしらえということで、隣町の飲食店へ。二人して、鍋物を注文する。この時期には、やはり鍋である。とてつもなく熱い鍋をつつきながら、他愛もない話で盛り上がった。その後、私の家へ。お待ちかね、天体望遠鏡のお披露目をした。あいにく空は雪空。星を観測することはできなかったが、窓から見える景色をのぞいてみた。赤道儀を操作する私の姿を見て、大砲のようだと大はしゃぎする店主。さらに、店主の勧めで、星図を表示することのできるフリーソフトをダウンロードしてみた。空への、星への思いはふくらむばかりである。
それは、店主の唐突な切り出しで始まった。
「おまえに話さなければならないことがある。」
私の中で、戦慄が走る。心臓が高鳴る。体中の血液が沸騰し、今にも噴出してきそうな感じを覚えた。その話の内容は、私にとっては容易に予想できるような内容であることは、彼の口調からうかがい知ることができた。ついにこの時が来たか・・・と。私は気を落ち着けるべく、買ってきてあった缶コーヒーを一口すする。タバコに手を伸ばす。しかしその手は明らかに震え、抑えることができなかった。目の前40cm程の所にあるタバコの箱を手繰り寄せ、その蓋を開き、たった1本口にくわえ、火をつけるだけの作業が、これほど難しいと思ったことはない。タバコの煙を目一杯肺に吸い込み、ため息のように吐き出した。・・・この間、わずか5秒。こんなに長く時間を感じたことは今までにない。早く、早く話してくれ・・・と、私は心の中で懇願した。 店主は、深刻そうな面持ちで、静かに、たった一言呟いた。彼も、相当緊張していたに違いない。私は、再びタバコをくわえ、目一杯吸う。彼の口から発せられた言葉は、私の予想と寸分違わぬものだった。彼は言葉を続ける。私に気を遣ってのことだろう、言葉を選びながら、ゆっくりと語る。私はそれを、ただ腰を落ち着け、落ち着いて聞いているそぶりを見せようとした。しかし、彼と目を合わせることはできなかった。私の弱さ所以のことだ。一通り彼の話が終わったところで、私も彼に今まで話すことのできなかったことを話した。彼にとってはそれは衝撃的なことのようだった。彼の疑問に思っていたことが少し解決したように見えた。結局私は、この結末を望んでいたのだろう。いつかの日記に表現していた、「店主の遠慮」、「この状況を乗り切ること」などなど、結末を望んでいた・・・というか、むしろわかっていた・・・と言ったほうが適切かもしれない。その証拠に、私の気持ちは、そのときは意外にもすっきりしていた。 それにしても店主は、この話をひと月も前から私に言えずにいたらしい。その気持ちはよくわかる。あれだけ私も悩んで見せていたのだから。しかしその間、彼はどういう気持ちで毎日を過ごしていたのだろうか・・・考えただけで気が遠くなる。しかしそれは、完全に私の責任である。この1ヶ月間、悪夢のような日々を送っていたに違いない。勇気を振り絞って、ありのままを語った私の友人に敬意を示す。彼も、それまでの思いつめた表情から一変し、いつもの店主に戻ったように思えた。私にはひとつの結末を、、彼には始まりをもたらした。彼にはこれから幾多の困難が待ち受けているだろうと思う。そのときに、私は愚痴の一つでも聞いてやることができればそれは本望だ。がんばってほしいと思う。切にそう願う。 日付が変わる直前、店主は帰宅した。 私は、一人になる。風呂に入り、呆然としていた。店主の呟いた言葉が、何度も何度も頭の中を回った。気がつけば、小一時間も風呂に入っていた。のぼせた。 風呂から上がり、何もする気が起きないので、そのまま布団に入る。 できれば、この「終わりのない夢の中で」過ごして居たかったと言う気持ちもあった。だが、所詮夢は夢。何も生み出すことはない。それに、朝になれば夢から解き放たれるのである。私は私の道を、彼はこれから始まる大きな道を、それぞれに歩いていくのだ。
こうしてこの日、私の半年に及ぶ長い悪夢が終わりを告げた。。。 |
| 12-17-01 |
月曜日。 今朝は、いつもよりも10分ほど早く家を出、出勤した。案の定、道路は不均一な圧雪状態である。会社に着いたのは、ぎりぎりの時間。帰りも、同じような悪路である。何気に、後ろを振りながら走行していた。 |
| 12-16-01 |
日曜日。 朝起きてみると、雪は小降りになっていた。思い立って、雪かきを開始。時刻は午前6時。昨日の雪かきのおかげでさほどは積もってはいない。しかし、家の庭全域を手動で除雪するのはなかなかに骨の折れる作業だ。雪かきが終わったのは、8時近くになっていた。また、雪がひどくなってきた。せっかく除雪しても、これなのである。 朝飯を取った後、何気にテレビを見る。日曜日の午前は、「題名のない音楽会」をみる。今日は、オーケストラと合唱団を従えて、ベートーヴェンの交響曲第九番(通称、第九)を演奏していた。あれは、一度合唱でやってみたい曲である。ハネケンも、何気に合唱団に混ざっている。この時期になると毎年思うことではあるが、今年ももう終わりなんだという、実感が沸いた。 午後からは、昨日届いた天体望遠鏡を組み立ててみる。入門用にと安いものを購入したが、口径は140mm、主鏡の焦点距離は910mm、最高倍率683倍と、なかなかに高性能っぽい。とりあえず、私にとっては初体験。慎重に組み立て、ファインダーを綿密に調整した。赤道儀の使い方も勉強しなければならない。 しかし、この週末で大量に雪が降った。明日の通勤が思いやられる。 |
| 12-15-01 |
土曜日。 昨日から降っている雪は、まだ降り続いている。積雪はすでに50cmほどになった。 夕べ置き去りにした車を取りに行く。駐車場内は除雪などもされておらず、足を踏み入れれば埋もれてしまう。車のエンジンをかけ、雪下ろしをする。それだけで、15分はかかる。車を脱出させ、帰宅。途中の道は、除雪車は入っていないようで、さながらアスファルトをはずした工事現場のように凹凸しており、そのくせものは雪なので凸部では車が横にスライドすることは頻繁だ。 夜になって、ポリタンクを3つ抱えてガソリンスタンドへ灯油を買いに行く。まだ雪は降り続く。
そんな雪一色の光景を見ながら、Kanon曲を聴いてみた。なんともいえない気分。懐かしいにも似た、そのころの自分の気持ち、思いが蘇るようだった。目頭が熱くなった。 |
| 12-14-01 |
金曜日。 予定よりも早く、冶工具が完成。早速ラインを貸し切り、試作に入る。まず間違いなくすんなりはうまく行かないだろうというのが全員の考えであった。が、試作1回目にして、成功に近い形まで出来上がってしまった。嬉しい見込み違いとはこのことである。今まで散々やってきたことも、決して無駄ではなかった。 昼頃から、雪が降り始める。天気予報どおりだ。が、雪は次第に激しさを増す。退社するころには、積雪は20cmほど。たったの半日で、である。 夜は、退職される先輩の送別会。私の部門内でも、辞める人が後を絶たない。もはやぼろぼろである。私は幹事だったが、卒なくこなしつつも、のんだくれた。 帰りは車を置いて歩いて帰宅。大雪の中を、靴とズボンの裾を濡らして帰る。雪の夜は、外が明るい。月が出ていなくても明るいのである。あちこちの街頭などの照明の光が、雪に乱反射して全体が明るくなるのである。雪明りだ。今夜も例外ではなく、その薄明かりの中をゆっくりと歩いて帰った。こういう日のために車に積んであったカメラが功を奏した。あちこちでシャッターを切りながら帰る。家に着いたときには、ほとんど雪だるま。 |
| 12-13-01 |
木曜日。 バドミントンは今日。夕方から風が強くなり、気温はそれほど低くないが体感温度は氷点下5度ほどであろう。プレイ中でも指先は冷え切る。痛みも出てくる。息も白い。みな風邪など引かねばいいが。 |
| 12-12-01 |
水曜日。 今まで手がけていた製品は、ずいぶん軌道に乗っている。来年1月に入るという、これよりもさらに難度の高い製品が予定よりも早く注文された。タカをくくっていた我々は、おお慌てである。予定がすべて狂う。大急ぎで冶工具の発注と打ち合わせ。お客さんの無理難題に対応するのもしごとなのだが・・・。 バドミントンは明日に延期。退社後、すぐにパソコン屋に行き、ハードディスクを購入する。40GBであるが、ずいぶん安くなったものだ。 |
| 12-11-01 |
火曜日。 PCの調子が非常に悪い。デフラグが効かない。スキャンディスクが効かない。エラーは続出。勝手に不正な処理をしている。4年ほど前に買ったハードディスクだったが、そろそろ寿命であろうか・・・。 そういうわけで、ハードディスクを新しくすることにした。とりあえず、バックアップを取る。今回は、CD4枚になった。その後、このドライブをローレベルフォーマット。 |
| 12-10-01 |
月曜日。 仕事の方は、かなり安定した。もはや、まとめるだけである。 特にやることもないのに会社でだらだらとする。午後6時に仕事が終わって、帰ったのは10時過ぎだった。 |
| 12-09-01 |
日曜日。 家で、ネットゲームなどに興じながら過ごす。一度も外に出なかった・・・。こんな日もいいかも。 |
| 12-08-01 |
土曜日。 今日は、t.k.氏と共に初滑り。夏油高原スキー場へと赴く。自宅付近から見えるゲレンデははっきりしており、青空でのスキーを楽しむことができるだろうと期待は膨らんだ。私は、このスキー場に行って晴れていたためしがない。常に吹雪である。 午前11時、スキー場に到着。手早く支度をし、ゲレンデに飛び出した。やはり晴れ。気持ちがいい。ゴンドラに乗り、頂上に到着。・・・・吹雪! なんてこったい。やっぱりこのパターンか・・・。とは言っても、私は吹雪だろうが小雨だろうが滑るものは滑るのである。先シーズンに、ボードを始めたばかりのt.k.氏は、今日はファンスキーであった。ばりばりの初心者である。ファンスキーは私もやったことがないので、殆どアドバイスをすることはできない。エッジの利かせ方から、体重移動の方法だけ伝授する。彼は必死で斜面と格闘している。1回降りてくるのに1時間半ほどかかった。初めてにしては上出来と言ったところか。ここで昼食を取る。(ビール片手に)2回目以降は、彼もだいぶ慣れてきたようで、はじめの半分以下の時間で降りてくることができるようになっていた。私も負けてはいられない。得意の「なった気」滑りで応戦。何度か休憩を挟みながら、リフト代4000円の元を取ろうと二人してがんばる。 時刻は午後4時。ゲレンデの照明に明かりが灯る。吹雪の雪が、その照明の軌跡を映し出す。真っ白なゲレンデを色とりどりに照らし出すのである。ある種、幻想的とも言える光景だ。ナイタースキーで、この光の虹の中を滑走するのは格別なものだ。 午後5時になって、最後の滑り。最後だけはノンストップで滑り降りる。気分は爽快。最高である。t.k.氏が降りて来るまでに、車に戻り、エンジンをかけて暖機する。私の帰り支度があらかた終わったところで、t.k.氏が帰ってくる。ゲレンデは、吹雪で見えない。ただ、その照明だけがその光を雪で拡散され、存在を示しているようである。 帰り道は、圧雪状態。来るときには乾いていた路面が、たったの1日でこんなになってしまう。 ウインタースポーツのシーズンが始まった。今年は必死で滑りに行こうと思う。 |
| 12-07-01 |
金曜日。 思うところがあって、と言うか勢いで、今日は休暇を取った。久々にのんびりすることができた。 |
| 12-06-01 |
木曜日。 昼間まで大雪。しかし気温は高く、道路には積もらない。 仕事が終わった後、笛に行く。行ったときにはすでに終わりに近く、一曲吹いたのみで今日は終了した。 |
| 12-05-01 |
水曜日。 仕事が終わって外へ出てみると、雪がちらついていた。それほどは寒くなく、会社の玄関でしばらくその雪に見入っていた。紛れもなく冬。駐車場の外灯に照らされた雪。また目の前をそのかけらがゆっくりと降りていく。その中に佇む。私のそんな姿に同僚たちは軽い言葉をかけながら、それぞれ帰路についていた。
バドミントン終了後、外はもはや大雪であった。人の入らない路肩や田圃はうっすらと雪化粧している。車の上にも雪が乗っている。近くの駐輪場で「雪宿り」をする。みんな、あっちこっちに散らばってはいたが2〜3人ずつがそれぞれ固まり、降りしきる雪に見とれている。ただ一人、 ×れいき を特殊能力に持つ店主は、ただ足踏みしながら寒いと騒いでいる。この黄昏をじゃまするでない。 それぞれが散り始める。私も今日はすぐ帰宅することにした。車内のBGMは、今月1日より "SuperEuro Christmas" になっている。そのボリュームを小さく保ち、目の前を行き交う雪を楽しむ。今日あった嫌なことも忘れることができた。これからいくらでも訪れるであろう情景。今はその序章を、ゆっくりと流れる時間を受け止め、佇むことにしよう。 |
| 12-04-01 |
火曜日。 もういや。 |
| 12-03-01 |
月曜日。 やはり、そううまくはいかないらしい。一つの製品に対して、これほど付きっきりになったのは初めてである。 |
| 12-02-01 |
日曜日。 Noby氏からの電話で目が覚めた。昼飯を食おうとうろうろしては居たが、一人では味気ないらしい。一緒にどうかというもの。時間を見れば、午後1時。早速まだ寝ていた家主のTaketo氏をたたき起こし、昼飯に出掛ける。行き先は、大通りの「柳屋」というラーメン屋さん。キムチ納豆ラーメンが人気メニューである。はじめは抵抗があるかも知れないが、病み付きになる味である。盛岡を訪れた際は、是非行っていただきたい店である。 昼時間からは少しずれてはいたが、相変わらずの行列である。30分ほど待ち、キムチ納豆ラーメンを食す。 食事の後、盛岡を離れたのは午後3時。楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。明日からはまた辛い日々だ。 |
| 12-01-01 |
土曜日。今年も残すところ後一ヶ月である。 今日は、我が母校岩手大学工学部応用分子化学科の同期会があった。このため、午前中は家でだらだらと過ごし、午後3時頃に盛岡へ向けて出発した。一度研究室へ赴く。学生たちの研究内容を眺めながら、過去に自分の行った研究とはかけ離れたものを見、時の流れを感じずには居られなかった。 研究室の連中と共に、同期会の会場へと向かう。そこには懐かしい顔がそろっていた。とは言っても、同期は94人の大所帯である。殆どが言葉を交わしたことのない人たちだ。随所で、局所的に盛り上がる。私も私のグループ(とは言っても研究室の連中だが)と盛り上がってみる。遅れて到着した、会社の同期でもあるNoby氏は、相変わらず女の子たちを周りにはべらかしている。しかし、幹事であるN研究室の人たちの気の利かなさには呆れ果てたものである。1次会の締めもなく、流れる。当然まとまりはない。悲惨なものだ。 2次会は、気心知れた連中と飲むことにした。研究室のomi氏と、同郷のPON氏。大人数では行きたくなかった。彼らと共に、語り合う。仕事のこと、研究内容のこと、指導教官との意見の不一致、上司との意見の不一致、、、、。omi氏は現在の研究内容に満足しているようである。PON氏は、就職が決まり、不安がっている。 omi氏の話で、研究もある種変革期に来ていると言うことである。我々の居た研究室では、主に有機合成の研究をしている。どのような化学反応が進行するか、これがポイントになることも少なくない。そこで、パソコンのソフトウエア上で、分子軌道計算が簡便に行うことができるようになった・・・と言うことである。分子軌道計算を行うことで、分子上の反応点がある程度予測できるため、無駄な実験を省くことができるというわけだ。以前から、ガウシアン計算などの方法がとられてきてはいたが、なにぶん計算に時間がかかる。それが簡単に行えるため、研究をより効率的に進めることができるようになってきた。しかし、「考える」ことの好きな私にとっては、少し残念なところもある。実験を行う前から結果がある程度見えてしまう。考える要素が減ってしまったような気がした。 2次会終了後、ラーメンを食べ、みんなと別れた。私はその後、Taketo氏宅へおじゃまし、ビールと日本酒を氏と共に飲み直す。寝たのは、午前5時過ぎだった。 |