秋田の住宅をデザインする


私のひとりごと

9/30(日)の高橋尚子選手が走ったベルリンマラソンを見て



 マラソンと建築が、同じ物の様に感じた。
ベルリンマラソンでの高橋尚子選手は、「すごい!」の一言に尽きる。
 「有言実行」の見事さ、そして五輪の金メダル獲得と、世界最高記録の樹立を共に果たした、歴史的な
偉業だと思う。
 私はマラソンの観戦が大好きで、主立ったレースは大概見ている。その時々のレースはとてもおもしろ
く、体力の限界に挑むその姿に感動させられる。
 このようなレースを見た後に、”今一番強い人は、今一番速い人は、誰なんだろう?”こんな疑問が浮
かんでくる。その最も顕著な例が、オリンピックの選考である。この時は、日本中が迷いに迷っている。
 なぜなのか!、これはレースが違えば、場所の違いによるコース状況の様々な違いや、その日の天候
の違いなど、他の競技より影響されやすい為に、マラソンのレースは比較が難しいと思われる。共通点
は、ただ一つ42.195kmだけなのだ。
 だから、高橋尚子選手が世界最高のタイムを出したからといって、今世界で一番速いかと言うと、それ
は分からないのである。
 ただ、マラソンのレースは、過酷な為に他のレースとは、比較しにくい面があると思うので、私はオリン
ピックの選考は、基本的に一発勝負が公平だと思っている。
 そんなことをあれこれ考えると、私はふと建物を建てる時の事を考えてしまう。
 例えば、どこかの場所に50坪位の、2階建ての木造住宅を建てたいと思った時に、どこの業者が一番
安く、安心の出来る住宅を建ててくれるのかと考えた時、某ハウスメーカーは坪38万で、某工務店は坪
45万で、某建設は坪50万だから、某ハウスメーカーが一番安いから、そこがいいと考えるのが、果たし
て良いのだろうか?競争とは、同じ条件で戦ってこそ公平な判断が出来る。
 マラソンのレースの様に、各コースによって、高低差や、その日の気温や、強風の有無の違いがあるレ
ースを、単純に比較検討するのは、間違いである。
 だから、住宅を建てる時も、各社の見積金額が出来るだけ公平に、比較検討出来る様に条件を同じく
見積してもらわなければ、答えは出せないのだ。
 これから住宅を建てようと考えている人は、設計図面を作成し、その図面を基に見積して、競いあって
もらうのが、一番公平であると思う。
 最良の物を生み出すには、公平なルールの基で競い合って、初めて記録が生まれるのであり、競争の
ない所に最良の結果は生まれることはないだろう。これはスポーツに限らず、全てに通ずる物だと思う。
 みなさんも住宅を建てる時に、いろんなしがらみや、先入観や自薦・他薦のアピールなどに捕らわれ
て、判断しては駄目だ。
 住宅とは、一生の付き合いとなるかも知れないのだから、最善の住宅を最低価格で手に入れる為に、
私は、お手伝い出来ると思っている。



”立って半畳、寝て一畳”



 私の好きな言葉「立って半畳、寝て一畳」

 「王侯貴族も名もない人も、目は二つで鼻一つ、
足で歩いて手でつかみ、尻で物言う人いない。
立って半畳、寝て一畳、どんなにおごってみても
着る物せいぜい一着、御飯は二杯か三杯。
寝だめ食いだめ着だめも出来ず、
厠の姿はみな同じ。
泣いて暮らすも笑うて住むも、
同じこの世の浮世なり。」

 人生にとって、金や地位などはたいした意味がなく、
人間の一度に所有出来るもの、占有出来るものは、
たかだか知れている。
 必要な時に必要なものがあれば幸せで、
有り余るものは、不幸・不運のタネとなる。
 人間裸で生まれて、裸で死んで、そして最後は
一握りの簡略化されたシンプルな生活が、
人間の基盤であると思える。

 私の結論は、人生はかなく、人間に大差はない。
みな同じようなはかない人生なら、シンプルな生活を
前向きに、笑顔で暮らすのが人間の幸せ。